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手紙小品「秋暁の夢」

夢を見たのです。あなたが出てきました。でも、私とは目を合わせてくれないのです。目が覚めて、手紙を書こうと、思いました。それでこうして朝から私は自室に籠り、筆を執っています。秋の朝は、寒いですね。

この季節ならではの澄んだ空の移り変わりが和やかな日々、お変わりなくお過ごしでしょうか。私は元気です。

待ち設けた金木犀が咲いたのです。どんぐりの実に目を丸くしました。秋桜が揺れています。日向で南天の実が赤くなってゆきます。恥ずかしいんでしょうか。しばらく散歩もできずに過ごしておりますけれど、日に一度は外へ出て世界を眺め見ます。それから休日には山を走ります。それで私も秋を見つけました。木々の日ごと枯れゆく季節でもありますが、芒にイヌタデ、栗、柿、萩等と、やっぱり自然には色が溢れかえっているのですね。その優しさにほだされて、心のゆとりを与えてもらいました。だから私は元気です。

今日はあなたにお願いがあります。今夜日付をまたぐ頃、窓からそっと夜空を見上げてみて下さい。パンプキンナイトが天高く飛び回っている筈です。もしも彼等を見つけたら、明日はお菓子をたくさん用意してあげて下さい。扉の向こうには、うんと素敵な一日が待っていると思います。

私は・・・そうですね、あなたにお願いするんだから、同じようにお菓子を用意して、今年は大人しくしていようかな。マントも何処かへ失くしてしまったようですし。オレンジのランタンならば、月に手を翳せばいつだって取り戻せます。今度遣って御覧に入れましょう。

なんてね。

それでは、そろそろ窓の外も明けそうな予感ですから、この辺りで筆を置きます。反対に私の瞼は少し重くなってきました。今日は早起き過ぎたかな。

だってあなたがこっちを見ないから

まだ少し、夢の続きを見るようです。これから下へ降りて、湯を沸かし、熱い紅茶を飲みます。それから陽がすっかり昇りきったら、今日は里芋の収穫が待っています。今年も美味しく育っていると嬉しいです。ちゃんと美味しい一品が出来上がったら、また食べにいらっしゃって下さい。

それでは今日のお便りは、この穏やかな秋風に運んでもらうことにします。あなたの手に、無事届きます様に。
                          敬具

  令和四年十月

                             いち
あなた様





※秋暁(しゅうぎょう)・・・秋のあけがた(広辞苑)



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