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掌編「青空」

 イチロウは日傘を放り投げた。たちまち強い日差しを全身に浴びて目が眩みそうになる。どこまでも青くて、限りなく続く空を仰ぎ、焼き付けるように、挑むように見つめた。真っ白の雲が安寧の象徴の如くに揺蕩っている。両手を広げて深く呼吸すれば、新鮮な風が自らの肺に取り込まれ、心身を清めてくれる。指の先にまで伝わる生の巡り。熱い大地を踏みしめる足裏の感覚。背中の熱。蟀谷の汗。耳の奥に真夏の音。

 俺は今生きている。あの日あの時散った命が、当たり前に迎えたかった明日の青空を見上げている。一年後の青空を見上げている。七十七年後の青空を見上げている。
 そして、百年後も青空を見上げていたいと祈っている。

 過ちを繰り返さんと誓う、八月十五日の、空の下である。

                                                                              
                             終


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