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掌編「変身」

 町中の、至る所に或る赤いポスト。実はあれ、緊急時にある手順で操作すると、ロボットに変身するらしい。

 私がその話を聞いたのは、新聞を広げていたファミリーレストランだった。四人掛けを独り占めして、足を組んで、偉ぶってスポーツ新聞を広げていた私は、目の前のスキャンダル記事そっちのけで、その話に耳を傾けた。話しているのは若い男が二人と、女が一人の三人組。こちらが聞き耳を立てているとは知らず、それにしても遠慮の無い大きな声で話している。言い出したのは男Aとしよう。男Bは「まじかよ」と言った。女は「嘘でしょ」と言った。ほとんど「馬鹿じゃないの」と言ったように私には聞こえた。

 男Aは噂だけど、火の無い所に煙は立たぬと言うじゃないかと主張している。私は成程、と思う。Bも「確かに」と同調した。女は「それマジで言ってんの」とやはり微塵も話に興味を示さない。私には「馬鹿じゃないの」と言ったように聞こえた。

 Aはここで、「でもこれ見てよ」と言って、自分のスマートフォンの画面を二人に向けて見せた。心なしか自信ありげな声になっている。私は自分も見たくてたまらなかった。「見せて!」と隣の席へ移動したい位であった。Bは「すげー」と素直に感嘆の声を上げた。女は「何これ。合成?」と冷たく言い放つ。何故三人で集っているのか私には謎であった。私には「馬鹿じゃないの」と言っているようにしかやっぱり聞こえない。

 Aは知り合いが偶然夜中に近所を散歩していて遭遇し、思わず撮った一枚だと興奮気味に話した。Bも興奮してくる。もう「すげー」しか言えなくなっている。女は遂に「はっ」と一息に全てを込めるようになった。Aは、自分なりにその事実を調べ、正体と、起動できる人物について調べたと言う。私はAの行動力というか、執着に感心した。

 Aによると、その手順を知るのは郵便局員の限られた人物、大体局長レベルかそれ以上の役職の者しか知らないと言う。Bはそうなんだ、と熱心な生徒の様に懸命に話に耳を傾けている。女は自分のスマートフォンを弄り始めた。ここでBがAに質問する。

「この写真が撮られた日っていつなの?」

 Aはにやりと笑った。そして、国内に隕石が落ちた夜だと言った。Bは目を見開いた。私も余談だが見開いた。あの日は不思議な物体が飛んできたり、我が国は色々あった日だった。Aの推理によれば、民営化したとはいえ、やはり国との繋がりが強いのが郵便局で、全国至る所にあれだけ頑丈なものが置いてあるのだから、これを利用しない手は無いということらしい。

 AとBとは、その写真を共有した。Bは嬉しそうであった。Aは誰にも言うなよと言った。私には誰かに言っても良いんだぜと言ったように聞こえた。

 私は新聞を畳んで伝票を取り上げると、会計を済ませて店を出た。街灯の外れた暗がりで、内ポケットからスマートフォンを取り出す。相手はすぐに出た。

「私だ。見られてる。違う、先日のーそうだ、隕石の日だ。対象は三人ー何?違う、女じゃない。三人だが拡散の可能性高し。否、既に拡散確定と見ていい。直ちに消去作業に入るよう通達を指示する。ー手段は問わない。また通信トラブルを偽ればいい。そうだ。あそこも元国の機関だ。話は上から私が通しておく。もし難癖付けて来るようなら言ってやれ。「おたくのボックスも図体がでかいから気を付けた方がいいですよ」とな」

 私は電話を切って、ふうと一つ息を吐き出した。ーだからスクランブルは辞めた方がいいと言ったんだ―総理の物好きにもうんざりする。あいつは本当の有事に備えて眠らせておくべきなんだ。その時は必ず来る。そこで初めて国民は驚き、喜び、感謝するんだ。

 開発者の私が言うのから、間違いないのだ。


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