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「食の風景・苺」ー掌編ー

 お母さんと買い物へ行くのが好き。スーパーまでの、歩いて十五分位の道のりが、いつもと同じ街並みなのに、お母さんと並んで歩くと楽しい気分になる。もう春から小学四年生になるし、手を繋いで歩いたりはしないけど、でも、一緒に学校の話とかアニメの話をしながら歩くのが、家の中で会話するのよりも、ちょっとだけ特別な気持ちになる。まだ冷たい風の所為かな。それとも燥いだ靴音の所為かな。それともお母さんの隣に居るからかな。

 スーパーに入ってすぐ目の前の売り場に、真っ赤な苺が沢山並んでいた。去年のクリスマスにもケーキ作りの為に買って貰ったけど、やっぱり春が近付くと、苺の季節だなあって思う。お母さんも、「今からが旬ね」と云って微笑んだ。私は苺食べたい!ってお母さんにお願いした。こんなに沢山の旬を目の前にしたら、もう素通りなんて出来ないもん。お母さんも賛成して、早速二人でどれを買おうかと順に苺を見て周った。じっくり眺めてみると、産地もブランドも色々。こんなに種類があって、味も違うのかな。食べ比べてみたいけど、こっちはちょっとお高いなあ。二人して迷って、今日は岐阜の「濃姫」と云う名前の苺に決めた。

 家に帰って、私がやりたいと言って台所の流しで苺を洗った。ヘタの所に汚れが着きやすいから気を付けるんだって教わって、一個ずつ丁寧に洗う。艶々の真っ赤な表面に雫が滴って、お皿に盛り付ける前に思わず一つ摘まみ食いしちゃった。甘酸っぱくて、果汁が口の中で弾けた。

「お母さん、この苺当たりだよ」

 お母さんは笑って、それじゃあ私もと、真っ赤な粒に手を伸ばした。

                        おしまい


 旬を味わうことは、四季折々の日本の食卓を彩る上でも、大切にしたい事だと思います。これからは、「春の食卓」。今はまだ雪の下、山菜の産声待ち遠しいこの頃です。

お読み頂きありがとうございます。「あなたに届け物語」お楽しみ頂けたなら幸いにございます。