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掌編「お隣さん」


「お目覚めになって?」
「あら嫌だわ、わたしもう起きていてよ」
 この世に遥々生れ落ちて、物心つく前から運命的にお隣さんとなった二つは、同じように日を浴びて、同じように陰を凌ぎ、同じ水を与えられてすくすくと育った。二つの他にも、周りには仲間がうんと存在していた。


「ねえ」
「なあに」
「あなた少し前にお出になって下さらない?」
「どうして?」
「だって、そうしないとわたくしの頬に光があまり当たらないんですもの、不公平よ」
「そうかしら、わたくし夕べからずっとこうしてるのよ。勝手な事なんてできっこないもの」
「まあ、それじゃわたしの方がのんびりしていたのかしら・・・」
 途端に不安顔になったお隣さんを、お隣さんは風と一緒に慰めてやる。
「大丈夫。心配しなくても、もう直たっぷりの陽射しが皆様の上へ降り注ぐわ。ほら、御覧になって、太陽はもう、あんなに高く昇っているんだわ」


 二つは揃って空を見上げた。周りの仲間たちも釣られるように上を見た。雲は凪と戯れ浮かび、風は南西から暖かく吹く。遥か上空に広がるのは、青い空であった。あちらこちらから、注ぐ陽射しに感嘆の声が上がり出すと、ハウスの中は一息に、朗らかで、陽気な空気に包まれた。お隣さんもすっかり安心したように、にこりと笑ってお隣さんを見た。
「ね?」
「ええ」


 陽気が数日続くと、緑や白色していた初心うぶな仲間たちは、順番に、ほの紅く体を染めていった。彼女たちにとって、ふっくらとした体に、輝く太陽にも負けない程の紅く艶めいて、愛らしい体を持つものは、憧れの的であった。ハウスの中にも幾らかそう云う子が居て、日が経つごとに一層注目を浴びるのだ。黄色い歓声が日に日に増えて、憧れの対象となった子等は、より真っ赤に身を燃やす。
「いいわね、あの子は本当に美しくて」
「あら、あなただってもう美しい紅を帯びて来たじゃない」
「そうかしら」
「だって、思い出してみて、緑のお帽子頂いたばかりの頃の事を」
「――懐かしいわね。未だうんと小さくて、若い、あどけない緑色をして」
 ふたつは幼き頃を思い出してうふふと笑い合った。
「何度目が覚めても緑に白色でしょう、一体何時になったら素敵に色付くのかしらって、わたくし毎日その事ばかり考えていたわ」
「私も」
「その上、体中のぶつぶつも気になって仕方が無かったの」
「けれど、こうしてちゃあんと色付いて、粒は細やかに、素肌美人の証になったわ」
「ええ、本当に」
「あの子たちのように、素敵なお色になれる日も、そう遠くないわね」
「――そうね」


 さっきまで楽し気であった二つは、喜びながらも何処か少し寂しそうな顔をして、瞼を下へ落とした。
 紅く染まる我が身。それは、別れの序章でもあって―

 噂によると、お気に入りの緑色の帽子を取って、甘いお城に載せられる子たちが居ると云う。より多くの仲間と大きな大きなお風呂に入れられる子も居ると云う。あんまり大きくて怖がる子もいるけれど、みんなで手を取りあって一斉に入るのだそうだ。殆どの場合は、何処へ行くにしても、どんな運命辿るにしても、先ずは居心地の良い箱に入れられて、幾つかの仲間と共に眠らせて貰えるらしい。
 二つはそれぞれに思っていた。あわよくば、どんな運命辿るにしても、お隣さんと同じ箱へ並んで、一緒に揺られていたいなと。

 毎日毎日陽は燦々と降り注いだ。ハウスの中には憧れの君が次々と誕生しては旅立ってゆく。別れの時は、みんなして手を振った。御達者で。さようなら。風に乗って彼女等の透き通るように瑞々しく甘い声が、ハウスの中へささやかに流れた。
「そろそろね」
「そうね、私も、そう思うわ」


 或る日、太陽がうんと眩しい朝に、その時はやってきた。
「お元気で」
「あなたも」
 お隣さん同士の願いは叶わず、二つは離れ離れになった。お互いの声も、いずれ聞こえなくなった。
 休みましょう。静かに寝かされて、瞳を閉じた。それはまるで甘美なひと時であった。


 眠っている間に運ばれて、知らない風で目が覚めた。
「まあ!」
 見たこともない景色。感じた事の無い感触。心は華やいで、けれども反面で随分心許ない。だが、見上げると空に太陽がのぼっていた。白雲が、穏やかな様子で流れていた。うっとりと見惚れて、安心した。甘い、ふくよかな香りに眩暈めまいがする。
 もう少しだけ眠って居ようかしら、それとも、この広い世界を、後少しだけ見詰めて居ようかしら―
 ぽかぽかの日差しを浴びてはお隣さんの事を思い出して、今はもう一つとなった子は、身も心も一層赤く染まるのであった。


                             ―完熟―



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