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掌編、短編小説広場

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此処に集いし「物語」はジャンルの無い「掌編小説」と「短編小説」。広場の主は「いち」時々「黄色いくまと白いくま」。チケットは不要。全席自由席です。あなたに寄り添う物語をお届けしたい…
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#クリスマス

掌編「冬、時々 2023」

「くそう、変人佐伯めええ」  感情任せに投げ出したスマートフォンがソファに埋もれた。画面上にはきらびやかなイルミネーションで彩られた街の写真が映し出されたままだ。横目で見て、はあーと長い溜息を零した。  二年前の冬、クリスマス直前。痛い思い出を引きずったままだった当時の私は、幸せに満ちたクリスマスなんか蹴散らしてやろうと手当たり次第に負のオーラをばら撒いていた。そこへ突然降って来た不思議な出会い――というか、再会。それがきっかけで、私は高校時代の同級生佐伯くんと付き合う事に

掌編「冬、時々」

 できるだけ避けて通りたかった。ひたすら眩しいイルミネーションとか、寄り添ってきらきらした笑顔とか、ケンタッキーの予約とか、うきうきした街の音とか、どっち向いても白いボンボン付けた赤い帽子とか、ほんとに全部、勘弁してほしかった。鐘の音なんか、冗談じゃない。 「つら」  思わず呟いて顔を顰めた。一年も引き摺ったままの自分が悔しかった。 「イブの夜なのにごめん、急な仕事が入ったんだ」「明日には会えると思うから」――「仕事なら仕方ないよ、頑張ってね。明日楽しみにしてる」  こん

短編「眠れぬ聖夜の男の子」5・終

 彼と友達になりたい。  それがトウジの願いであった。三カ月前、偶然出会ったガラン番地の男の子。家族の為、村人の為に、小さなうちから一生懸命に働いている男の子。偶々出くわしただけなのに、弱った僕を助けてくれた、口は悪いけど、本当は多分優しい男の子。  彼にまだきちんと御礼を伝えられていない。マフラーの御礼も出来ていない。服を買いに行く約束も果たしていない。だから僕は伝えたいと思った。届けたいと思った。正直に云って、僕の贈り物を喜んでくれる保証は無い。あんまり自信もない。けれど

短編「眠れぬ聖夜の男の子」4

 男の子の家でトイレを借りた。彼の母親が家に居た為、仕事の手を止めてトウジの世話を焼いてくれた。温かいクリームシチューが出されて、それを食べると体がぽかぽかして来た。隠し味にジンジャーが入っていると教えて貰った。パンは入りそうにないですと断ると、お土産にクルミパンを持たせてくれた。 「突然お邪魔してごめんなさい。でも御蔭ですっかり良くなりました」 「もう直日暮れだからね、気を付けてお帰りよ」 「はい」  男の子は何処に行ったろう。トウジが玄関を出て首をきょろきょろさせている

短編「眠れぬ聖夜の男の子」3

 はじめのご飯の後、トウジは一人散歩へ出掛けた。祖母が語ったペコン山の秋を眺め見て来ようと思い立っての外出だった筈が、気が付くとペコン山の麓を外れて、他のお山の裾を辿っていた。それは村を囲うお山の中でも一番大きなガラン山であった。故に麓はガラン番地である。此処はお山が大き過ぎて蔭をうんと蔓延らせるものだから、それでなくとも少ない日照時間が更に短い。その為家も少なくたった二軒であった。トウジは自分がいつの間にか沢山歩いた事に気が付いて、途端にニット帽の下へ熱が籠るのを感じた。顔

短編「眠れぬ聖夜の男の子」2

 兄の云う通り、トウジはまだまだうっかりする事も多く、背丈もあまり伸びていない為に、一人でそりへ乗せるには心配が残った。だがトウジは練習用のそりを上手に操ったし、トナカイたちとコミュニケーションをとる能力にも優れた物を持っていた。父等大工の作業小屋では、自分に与えられる新品のそりも着々と作られている筈で、村長から贈られる二頭の新しい仲間を迎い入れて、共に雪上駆ける日を心待ちにしているのだ。母もそう云うトウジの気持ちをよく心得ているものだから、落ち込む息子と顔合わせると、にこり

短編小説「眠れぬ聖夜の男の子」1

「    この村のやくそくごと ひとつ、仲良く暮らすこと。 ふたつ、分け合うこと。 みっつ、十歳になったら一人前になること。     」  その村は、一年の内でも冬がとびきり長くて、冬になると雪の大変よく積もる、山と川とに囲まれた、小さな村であった。この村で暮らすには忍耐とコツとが必要で、新しく越して来ようと云う者は、中々現れなかった。それで村はいつまでも小さな村のままであったけれど、此処へ暮らす者はみんな元気に、自然とも仲良く暮らしている。  村を囲む山は、全部で七つ

短編「サンタクロースの言い分」

 十二月がやって来た。年々軋みの酷くなる床板を踏みしめる度、寒さが身に染みる。私の自室には暖房が無い。いや、正確には在るのだけれど、もう何十年も使っていない。妻が、「エアコン使うの止めよう」って言ったから。今はカミツレの並んだ淡いブルーの生地で作った妻お手製のカバーで覆われている。冷え切った室内は、まるで銀製のナイフで空気を滑らかにのばしたようで、そんな朝に身を起こすのが、私には一番億劫な瞬間である。ふかふかの羽毛をいっぱいに詰めて作られた布団の中へ、いつまでも包まれていられ