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掌編、短編小説広場

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此処に集いし「物語」はジャンルの無い「掌編小説」と「短編小説」。広場の主は「いち」時々「黄色いくまと白いくま」。チケットは不要。全席自由席です。あなたに寄り添う物語をお届けしたい… もっと読む
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2020年11月の記事一覧

掌編「手紙」

 あの人へお手紙出しちゃった。  もっとゆっくり、じっくり出そうと思うのに、どうしても書きたくなってしまう。伝えたいことが溢れてしまって、書きたい気持ちが納まらない。それでペンを手に、つらつらと書いてしまった。私は広辞苑も引きながら書くのに、勢い余っていつも一度は書き間違える。「ああっ折角飛び切りの便箋で書いているのに!間違えた!」となる。  ごめんなさい、失礼だと思いつつ、そのまま、紙を代えないで書き上げました。紙は、貴重な資源だから、勿体無い扱いは、矢っ張りどうしても

短編「おはよう、朝だよランニング」

 短距離しか走ったことなかった俺が、ハーフマラソンに挑戦しようと思ったのは、去年の春の初めの事だった。何故そんなこと思い付いたかっていうと、理由は簡単。家の親父が一昨年突然ハーフマラソン大会に出場して、見事に完走しちゃって、その時の顔が、物凄ーく眩しかったから。  なんだよ親父、普段あんな小難しそうな顔してるのに、ゴールするとそんな顔するのかよ・・・  それでついうずうずして、気付いたら俺も出る!と意気込んでしまっていた。それからは週に一、二回、朝を狙って走るようになった

掌編「いちさんの生態」

 皆様こんにちは。始めまして。黄色いくまと白いくまです。  長編執筆中のいちさんがご飯休憩に入りましたので、この隙にパソコンをジャックして、いちさんの生態と戯言について勝手に語りたいと思います。おそらく後から我々怒られますけど、「赤信号、みんなで渡れば何とやら」の心理です。あと我々、自分で言うのも可笑しいようですけど、大分可愛いなりをしていますので、それで許してもらおうと思っています。  いちさんがこの世で一番嫌いなのは空腹です。多分間違いないです。いちさんはお腹が空いて

掌編「だから笑って生きたい」

 自分以外の人が何を考えているのか分からない。家族だろうと他人だろうと、分からない事だらけなんだから。  もしも自分が何か、言いたいことを、自分の言葉で言ったとして、言われた相手はどう思うだろう。自分が言いたかったことは、伝えようと思った事はちゃんと伝わったろうか―そんなこと思い始めると夜もおちおち眠れない。暗闇に、一人起き上がって、ひゅうひゅう鳴る風の音を聞いている。星が流れるのを待っている。月が傾いて行くのを追い掛けている。  ほんとはそんなことしてる場合じゃない。い

掌編「小春日和と僕の靴」

 真夜中。こんな時間に起きているの?いいえ、今から眠る所です。  ここ数日暖かいね。こう云う日は、小春日和っていうんだ。僕は、深い秋の中にぽつんと現れる気候の緩やかな一日が、小春日和だなって思っていたけれど、今年は違ったね。間にぽんぽん幾つも挟まっていく気だね。いいのかな、こんなに暖かくて。けれどこんなに穏やかな日は、外へ出て行きたくなる。  お気に入りの、とびきりの靴を履いて、ちょっとでもいいから、歩きたいな。それは明るい茶色。丁寧に仕立てられた日本製の革靴。靴紐まで拘

掌編「あの人を喜ばせたい」

 あの人は、元気にしているだろうか。秋も深まって、そのくせ数日暖かい妙な天気だけれど、あの人は今日も、笑っただろうか。  私はいつだって、あの人を喜ばせたい。いつだって、あの人がどうしたら喜んでくれるだろうって考えている。  何でもいいんだ。一日の色んな瞬間に、例えば、出来上がった料理を味見して上手くいったと思った瞬間とか、目薬をさして、溢れた分をティッシュで拭きとったら、ピースの形にティッシュが滲んだとか、これは一番贅沢な、何でもいいじゃない何でもいいだけれど、私の書い

短編「好奇心」

 気になったことは試さないで居られない、好奇心の化身が僕の本質なんです。だって、知らないって寂しいんだもの。  その昔、僕も自分の学習机を持っていました。学校の授業で、豆電球のキットを手に入れた僕は、電池で手軽に点くその灯りに心奪われました。豆電球から伸びる二本の銅線は、それぞれをプラスとマイナスに繋ぐと、灯りが点灯します。電池のサイズによって、明るさも変わるのです。これは凄い発見でした。僕はそのキットを家に持ち帰って、もっと独自に研究を進めようと思い付いたのです。  当

掌編「天気の神様にお願いがあります」

 お天気の神様、どうかお願いします。明日は晴れが良いのです。私は雨も好きです。曇りだって文句を言ったりしません。けれど明日は、明日だけは晴れにして下さいませんか。私からの、お願いです。  どうして明日が晴れがいいのか、聞いて下さい。聞いてくれたらきっと、神様も「晴れにしてやろうかな」って思って下さると思うんです。  実は明日、私のお兄ちゃんが、結婚式を挙げます。私はまだ小学生なのに、お兄ちゃんはもう大人で、お嫁さんを決めてしまったんです。お兄ちゃんは家を出ると言いました。

「家族の明日を探す旅」

「うちはみんな、生一本に出来上がっているから」 母がそう言って、呆れたように、けれどどこか嬉しそうに笑う。 晩秋に始まった自家用車での家族旅行は、高速道路をひた走り、中国地方から、遠く山梨を目指していた。両親と、子どもが五人。旅の目的は、「家族の明日を見つける」だった。 料理一筋の父。何があったか言わないけれど、何かあったらしい。育ち盛りの子どもたちはみんな感性が鋭い。それでこの家族、揃いも揃って宥める人が居ない。みんなして、焚き付けるばかり。 「旅に出るぞ」 誰も

掌編「あの人を待っている」

 白状する。あの人を待っているんだ。私はあの人が来てくれるのを、ずっと毎日、待っているんだ。  日が昇って、眠りから覚めた私は、「あの人は来てくれたかな」と思う。冷たい水で顔を洗う時も、あの人のこと、考えている。外へ出て、背伸びして、空に残る月を見つけた時、あの人にも教えてあげたいと思う。「白い月が、まだ綺麗ですよ」って。それから今年の山は、いっそう紅葉が見事で、紅と黄と、緑と、橙と、色が豊かで、本当に綺麗で。あの人はもう、秋を見たかな。  いつ来てくれるかしら。そう思う

「暮れる秋ー袖摺れ」

「もう、行くわ」と彼女が言った。私は線路の先を見詰めていた。ワンマン電車が近付いてくる。私と彼女と、他には誰も居なかった。無人駅のホームの、寂れたベンチに、私たちは並んで座っていた。 電車が止まって、乗客が降りて来る。二人。一人はキャリーバッグを転がして立ち去った。一人は買い物袋を提げた年配の女性だった。ちらり私に目を向けて、歩いて行った。 電車は扉を閉じて走り出した。彼女はまた乗らなかった。 私は線路の先を見詰めていた。彼女が行くと言う、この線路の先へ、果たして何が在

短編「俺の選手権」

「はーいそれでは、出場される選手のみなさんはこちらへ集合して下さい」  会場スタッフのアナウンスが場内に響き渡った。遂にこの時が来た。  俺はこの日の為に毎日毎日手を動かしてきたと言って決して大袈裟ではない。今日の大会に、俺の三年間を、捧げようと思う。  応援に来てくれた家族と別れ、出場者の集合場所へと向かい始めると、愈々始まるんだと実感がわいて来て、俄然心臓が跳ねて来る。大丈夫だ、俺はやれると、懸命に自分へ言い聞かせながら歩く。周囲を見ればみんな顔に自信を漲らせている。ベテ