見出し画像

【短編】大きなハサミで断ち切ろう


私の町では、卒業すると立派なハサミが送られてくる。

学生の黒い髪にはわだかまりや青さが宿っている。
髪を切り落とすことによって、
私たちは自由に羽ばたくことが出来る、のだそうだ。


私は早速、大きくて重いハサミで
長いおさげを切り落とした。
編んだままの髪が床に落ちる。
髪は縄のようにしっかりと結ばれていて、
床に落ちた後もほどけることなくそこにあった。
黒黒とした、さっきまで自分の一部であった塊が
恨めしそうにこちらを見ている。
そこには友達と色違いで買ったリボンが付いていた。
私は大きなハサミを見つめた。
何でも切れそうなハサミだった。
それをカバンにしまって玄関に向かう。

「どこ行くの?」と居間から声がする。
友達の家だと答えると早く帰って来なさいよ、と
お決まりの返事が返ってきた。
ほどけた靴紐を結ぶ。
結局切り落としても、また結ぶんだと思ったら笑えた。

外から誰だか分からない政治家の無責任な演説が聞こえてくる。

「未来を背負う若者よ
 気付かずついた足枷を大きなハサミで断ち切ろう
 髪を切り落としたら 自由な世界が待っている」

私はカバンの中の
手より大きなハサミを見つめる。

「…大きなハサミで断ち切ろう」

小さい声で呟いて、私は玄関のドアを開けた。



私の町では、卒業すると立派なハサミが送られてくる。
その日は町のどこかでたまに悲鳴が聞こえるけど、誰も気にしない。




この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?