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「ヴァイパーの果実」プロローグ

物心ついた時から子どもが酒代と引き換えに売られるようなゴミクズみたいな街で生きてきた。

貧民街では通行人から金目のものをスるか食べものを盗んでくるのが日常で、しくじれば飢え捕まれば罰される。
たとえ上手く逃げのびても気を抜けばハイエナ野郎たちに横取りされる。
くる日もくる日も悪夢のような日々と戦いながらここまで来た。だが、それももう終わりだ。

毎日食べものに困ることなく華やかな宴を開いては騒ぐ王宮の連中。
弱いものを虐げてあざけり踏みつけていく薄汚い兵隊共。
飢えや病気に蝕まれてまたひとりと消えていく吹けば飛ぶような脆い生命。すべてに見飽きた。

「イソラ。」

「なぁに、その赤い果物。」

「さっき髭ヅラ親父の店から盗んできたんだ。ほら、2人で分けよう。」

俺はドロボウ仲間のイソラに赤い果物を半分に割ってやり片方を渡した。
名前はわからないが、手にしたそれは赤い粒がまるで宝石のようにツヤツヤと輝く美しい果実だった。
イソラは見たことのない新しい物に目をキラキラさせて1粒だけつまむ。

自分も1粒だけ取って口の中に入れる。
噛むと実から甘酸っぱい果汁が弾けて美味かった。
赤黒いその実の色も相まって、フシギと蜜でできた血を飲んでいるような気分だった。

「この果物、甘くて酸っぱくて美味しい。ふふ、こんなに美味しいのがまた食べられたらいいなあ。」

「食べられたらいい、じゃなくてまた食べよう。食べたいものを好きなだけ食べて、泥水や煤なんて付いてないキレイな場所で眠るんだ。」

イソラの眼は一瞬見開かれた後、あからさまに俺から視線を外した。

「ユナったらなに言ってるの?............そんなのできっこないよ。」

「いいか、スリも盗みもその日しのぎにしかならない。朝方に盲目のジイさんが死に、昨日は首もすわってないガキが死に、明日は俺達かもしれない。おまえだってわかってるだろ。」


俺はイソラの持っている赤い実と自分の手で持っている赤い実を乾杯の形にして合わせた。
明らかに戸惑っているイソラの目を真っ直ぐに見つめた。

「今から俺達は血の繋がらない義によって結ばれた兄妹だ。これから2人で貧しい人間から消えていくゴミみたいな世の中を変えてやるんだよ。叶えたら王室の連中も汚い兵隊共も、全員1列に並ばせて1発ずつぶん殴ってやろう。」

「そんな...............なんの力もない私達にそんなことができるの?」

「やるんだ。俺達でやるんだよ、イソラ。一緒に世界を壊そう。」

気づけば赤い実を持つ手が震えていた。身体の中心がとにかく熱くて、鼓動が早くなる。
燃えたぎるあらゆる感情が「今おまえは生きているのだ」と自身に訴えかけてくる。
不安そうな顔のまま動かなかった妹は意を決したように俺の目を見、静かにうなずいた。

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