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幼い私とSちゃんの話


私は4月頃から学童支援のアルバイトをしています。

子どもたちと一緒にお昼ごはんやおやつを食べたり、外あそびの時間にはケイドロをやったり。昔から子どもに好かれやすく特に苦にも感じないので、アルバイトと言ってもほどほどに気楽です。

対象は1~3年生の下級生。大人しい子ややんちゃな子、バラつきは有りますが各々個性的でおもしろい子たちばかりでなかなか楽しく働かせてもらってます。

ただ最近、子どもたちと接しているとこうも思うのです。

「自分の子ども時代はどうだったかなあ」と。

せっかくなので、少しだけ懐かしい話をしようと思います。小学校時代に1番仲の良かった友達の話です。


私とSちゃん


当時、私にはSちゃんという友達がいました。

Sちゃんは同じマンションに住んでいる子で小学校3年生くらいから一緒に遊ぶようになりました。彼女は友達の少ない私に声を掛けてくれてよく一緒に遊んでいました。

当時は小学生がケータイを持っていない時代でしたから。
放課後に家の近くにある1本の桜の木を待ち合わせの場所にして、「いつもの場所で」と約束して帰りに遊んだものです。

Sちゃんは良くも悪くも普通の子でした。
これと言って目立つわけでもなく、かと言って特別疎まれるようなこともない。どこにでもいる""平均""的な女の子です。

ただ彼女には1つ難点が有りました。

それは""問題のありそうな子に声を掛けて仲良くなり自分を特別扱いさせること""でした。
.........私もSちゃんの目に止まった1人だったのでお察しですがね。

Sちゃんは友達が少なく嫌われやすいタイプの子に声を掛けてよく遊び、ことごとくわがままを言いました。
きっと特別扱いされたい・チヤホヤされたいお姫様願望のようなものがあったのでしょうね。
「○○に行きたい」「○○したい」の他に別の友達と遊ぶ予定を入れていたら断って自分と遊んでほしいと誘ってきました。

Sちゃんが声を掛ける子たちはみんなSちゃんが1番の友達で依存に近い状態でしたから。Sちゃんのわがままを断らず受け入れていました。
かくいう私もSちゃんのわがままは基本的に応えていました。どころか「同じマンションで遊んでいる回数も1番多い、Sちゃんの親友は自分だ」という優越感に浸っていました。

Sちゃんもそんな状態に慣れていたものでチヤホヤされている分、不機嫌になりやすい子でした。
怒らせると黙りこくって足早に歩いていってしまったり、遊んでいる時に「つまらない」と言って拗ねてしまったり。
そういう時は決まってこちらがSちゃんの納得する提案をしないと機嫌は直りませんでした。

あの時の私にとって、こういう時の静まり返った空気が何よりも耐えがたいものでした。


染み付いた子どものクセ


Sちゃんは不機嫌になると黙りこくってしまうタイプの子です。
そしてSちゃんの親友を願う私は"彼女を不機嫌にさせてしまった"から挽回しようと悩みます。

こういう時は大体彼女の期待に応えようとSちゃんの好きなことを提案したり頑張って機嫌を取ったりします。
Sちゃんも本当に怒っている時以外は""自分のために困っている姿""を見れば次第に満足するので機嫌を取りに行けば大抵直ります。

けれど私はだんだんとSちゃんといる時に生まれる沈黙の空間が恐くなりました。

その結果、私は意識的に沈黙が生まれないように喋るようになりました。

話が途切れないように話題をポンポン出して、相手が返しやすいように話を放り、返ってくれば上手く投げ返す。
マシンガントークが過ぎると圧が生まれるので適度に間をつくることも忘れない。
万一誰かが話に混ざり3人になったらメインはSちゃん。自分はたまに返すだけにしておく。

遠くにある店に買い物へ行く時、Sちゃんからこう言われました。

「○○と話してたら全然話が途切れない!」

私はこう返しました。

「やっぱり私たち気が合うね。」

Sちゃんも私も同じマンションで暮らしていますが高校生になってからお互い疎遠になり最近では顔を合わせることも無いです。

Sちゃんとの関係は薄れても"誰かといる時に沈黙を恐れて話続けようとするクセ"や"相手の機嫌が悪くなるのを恐れて考えて話すクセ"は抜けません。

後者はほとんど無くなっていますが、今でも人と話している時に黙りになってしまわないよう気をつけています。
そして相手の「ああして欲しい」「こうして欲しい」を汲み取って、なるべく相手の望みに応えられるように努めます。


誰かと一緒にいる時は相手のことを気遣って疲れやすいので行動は1人の方が気楽です。もちろん友達と遊ぶのも好きですが、どうしても気疲れしてしまうので単独行動を好んでいます。

幼い頃に付けてしまったクセって怖いものですね。


大人になった私


もし今Sちゃんとエレベーターで顔を合わせたとしたら、おそらく私は軽く「久しぶりだね」と挨拶して別れるでしょう。

それは「幼い頃にわがままをぶつけられたから」ではありません。
「もうSちゃんに興味が無いから」です。

私は当時Sちゃんに依存していました。
単に家が同じだから距離が近くて遊ぶのに楽ということもありましたが、Sちゃんの親友というポジションは気持ちがよく、彼女のわがままを叶えてあげる従属する気持ちよさが心地よかったから。

けれど成長するにつれてだんだん交友関係も広まり物事を見るためのものさしが作られていきます。

そして、いつしかSちゃんを「自分より能力値が低い」と判断し、自分の「主人」にふさわしくないと考えて少しずつ冷めていきました。
Sちゃんが私よりもなんでも出来てしまう子だったら変わっていたかもしれませんが。

今でも依存癖や他人を気遣うクセ、沈黙をつくらないよう話し続けるクセは抜けていません。かといってすぐにどうしようとかも考えてません。

それでも少しずつコツを掴んでいけばクセも直るでしょうし、自分のしたいように多少わがままでいれば私も変わるでしょうから。焦らずにちょっとずつ懸命に生きています。

幼い頃に付けてしまった悪癖も自分次第でどうとでもできるので何も心配はしていません。そんなのは結局のところ自分次第です。

子どもの頃は子どもの頃、今は今。変わろうと思えば変えられます。だってもう大人ですから。



なんとなく懐かしくなって昔のことを語ってしまいました。
もう1度話すことがあるかはわからないけれど、Sちゃんも楽しく日々を過ごしてくれてたらなあと思います。

もしサポート投げてくれたらなんかいい感じのことに使います。