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小説 呪いの王国と渾沌と暗闇の主【第三話 奇怪な死顔】

前回の話


 しかし、昔の彼は、全くそうではなかった。活発で好奇心旺盛な、わりとどこにでもいる子供だった。

 当初は、さる事情から(それは主に政治的な思惑で)都から離れた田舎町で暮らしていた。どちらかといえば恐れ知らず、意志が強い少年で暗闇もまた彼には恐ろしくはなかった。


 自分の身分を知らずに育ったので将来は、冒険や浪漫を追い求めたり放浪の旅をする自由人、吟遊詩人になりたがった。

 友人にも恵まれて、森の中や木陰や家の物置で、よくそんな話をしたものだった。成人の少し前までは陽樹の中で暖かな日だまりの中で生きていた。そんな屈託のない心が、なぜ氷のように冷たくなってしまったのかといえば、一番の理由をあげれば、死者の顔だった。度重なる死との出会いだった。


 宮殿に戻されてから立て続けに起きた不可解な事件。それもただの死顔ではない。四番目の兄の顔は一度見たら忘れることのできないものだった。

 どの医者が調べても、はっきりとした原因のない死にかたで、瞳孔が開いた状態で、まるで本人とうり二つの蝋面を被せているように真っ白さ。どういうわけか胸の上には、きちんと置かれた祈る手が余計に不気味さを倍増させ、指先まで陶器のように白いのだ。そして、更にみなをぞっとさせたのは、目玉が見開かれた眼窩が薄い膜をはったように透けた乳白色に変化していたことだった。


 どこにも苦しんだ形跡はみあたらない。寸とも乱れていないシーツと枕。危うく見入ってしまったら、安らかに眠るというよりは、ふいに生きたまま魂をもぎ取られて冥界にいったまま戻ってこないといった奇妙な想像が働いてしまう、薄気味の悪い死に顔でもあった。

 横たわった死人の姿に偶然見てしまった召使いや、慌ててやってきた家令と家臣たち、それから知らせを受けてかけつけた臣下たちはみな振るえあがった。その年十七歳になったばかりの大公殿下も彼のすぐ下の弟も同じように戦慄した。

 後に、この冥界を彷徨う死に方を何度も見るはめになる。兄たちの次は父、そして妻。若い二人が引き裂かれた悲劇は婚儀のあった翌日の朝。清々しい朝日、心地よく目覚めて、初々しいわが妻の顔を見ようとふと横を向いたら、あの恐ろしい死に出くわした。


 ああ!きっと次は自分だ!そうに違いない。それならそれでいい、どうとでもなれと、すっかり諦めた矢先、今度は自分ではなくて弟の番だった。無二の親友のような弟の死は最大の痛手となる。 中には生き残った彼を疑う家来がいて、深く傷ついたこともあった。しかしいくら調査したところで、なぜ王族の直系だけがわけのわからない奇病にかかり、なぜ彼一人だけ逃れられたのかということは、結局最後まで誰にもわからなかった。


 度重なる不幸な出来事と、付随して起きた波紋の数、彼の生い立ちにまつわる事情といった様々な理由から、元は活発で時に夢見がちな明るい少年は、徐々に夢も希望も見失い明るい未来を想像できない、なにかと諦めやすい性格になっていった。

 しかし、あえて希望なるものを探しだそうとする努力はするにはした。だがこの点においては欠点というよりは汚点、悪習でもあった。権力と魅力を使い愛をたやすく手に入れることに成功すると、すぐに冷めてしまう。相手が自分に愛情と寛容さを求めてくるようになると、うっとおしいと冷たく非情な心で切り捨てることが簡単にできた薄情な男だった。

 言い方を代えるなら、情事の合間の静けさこそ、彼が唯一愛せる、いや、愛せることのできる、または心の砦の中に容認できうる愛人ともいえる。



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