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小説 呪いの王国と渾沌と暗闇の主

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オリジナル長編ダークファンタジー小説(完結済みにつき随時更新の予定)砦の王子と天使の魔法世界。全55話、約16万文字
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小説 呪いの王国と渾沌と暗闇の主【第四話 ラッハルツ塔の番人(3)】

***  主人は大聖堂の屋根の上に立っている。素足に、肌は雪白、意志の強い瞳は金色に近い薄茶色、黒く波打つ巻き髪は美しく肩になびかせて。口元に整った微笑みをたたえながら、よもや零落の一途を辿りゆく都を満足げに一望する。身につけている薄絹のシャツの、肩に、鴉がかまわずやってきて歌いだす。  くぇけけけ、くぇけげげけけ!  雲の上!  地の底!  光と闇!  渾沌の主!  やってきた!やってきた!やってきた!  くぇけけけ、くぇけげげけけ!  鴉は主人に賛美を期

小説 呪いの王国と渾沌と暗闇の主【第四話 ラッハルツ塔の番人(2)】

 大公殿下は、斧の事件が起きてから始終落ち着つかない。苛々し、胸のあたりが重い、はっきりしない靄がかかったような気分が続いていた。執務室で、ずっと座った椅子の肘掛けの上を指先でとんとんと一定のリズムを叩きながら解消する方法を模索して、ヒントを思い出した。そして、さっそく執務室から出た。立っていた二人の護衛を引き連れて宮殿内を意味もなくいったりきたりしながら考え事をする(ふりを)した。本日は都合良く大広間で夜会が開かれるというわけで支度中の家来たちが忙しそうに走り回る姿が多い。

小説 呪いの王国と渾沌と暗闇の主【第四話 ラッハルツ塔の番人(1)】

前回の話  あるいは誰かが寛容な理解を示せば、それはたんなる気まぐれな発作であって、本当は違うともいえる。  大公は、本当に、誠意を持ってつくしている家来には、それ相応の褒美を惜しげもなく与えたし、気が向いた時は城の召使いに労いの声をかけることもある。外に出れば市民からの花束などを丁寧な思いやり深い言葉で受け取ったりもした。  お城の家来は、はじめは無表情で、冷たい印象を受けるが、逆に慣れると初対面で感じた悪い印象が丁寧な言動で、ともすればよりよい方向で働いた。そんな彼にも

小説 呪いの王国と渾沌と暗闇の主【第三話 奇怪な死顔】

前回の話  しかし、昔の彼は、全くそうではなかった。活発で好奇心旺盛な、わりとどこにでもいる子供だった。  当初は、さる事情から(それは主に政治的な思惑で)都から離れた田舎町で暮らしていた。どちらかといえば恐れ知らず、意志が強い少年で暗闇もまた彼には恐ろしくはなかった。  自分の身分を知らずに育ったので将来は、冒険や浪漫を追い求めたり放浪の旅をする自由人、吟遊詩人になりたがった。  友人にも恵まれて、森の中や木陰や家の物置で、よくそんな話をしたものだった。成人の少し前

小説 呪いの王国と渾沌と暗闇の主【第二話 大公殿下アドーニス】

 黄昏は温かな色彩で大地を癒す。赤茶色の巨大な崖の上にそびえる砦の周りには、なだらかな丘と森林が所々あり、昔あった帝国が作っていった石道がまだ十分に機能し砦の都から沈黙の館主が隠遁する南方の谷のほうへ続いていた。  北には樹海を源にする大河が蛇行して崖の足元を横切って、緑の平野には放牧した牛と羊と野生馬たちがところどころに草を食べるのどかな風景が広がっていた。  大公殿下は、都の周囲をいっきに馬に走らせると、疲れた馬を休ませるために自分も一緒になって、一本の木がある丘だっ

小説 呪いの王国と渾沌と暗闇の主【第一話 赤い砦の王国】

 極寒の季節、ここ東ティリエナ地方では、全ての川や湖は凍てついて、地元の人が言う所の中規模程度の雪が降ったり止んだりを繰り返していた。『静寂なシャンティ』にあるブルーニ川も、例外なくその表面を乾いた風に沈黙し、周辺の生き物たちも全てが眠りに落ちているかのように、しんと静まり返り、たまに雪の塊が枝から落ちる音がばさりばさりと木霊するだけだった。 『静寂なシャンティ』とは、国の台地を寸断するように存在する闊葉樹の群れ及び周辺の緩やかで広大な一帯を指し示す。たまに遠方から旅人など

小説 呪いの王国と渾沌と暗闇の主【プロローグ 盗人ベノム】

 サンディコ寺院には、内戦終結から一年が経過した現在も政府の派遣した治安部隊約二十名が尚も居座り続けていた。  美しいステンドグラスから差し込む光の先にあるものは聖なる場所というよりは、むしろどす黒く荒れ果てた流刑所のような有様で、治安部隊によって囚われた幾人かの囚人らが手や足に鎖をつけ部屋の方々に転がっていた。  建物の中央には、ついしばらく前までは美しい理路整然とした正四角形の庭園があり聖なる花草が聖職者によって植えられ、季節ごとに清らかな香を漂わせていた。訪れる者は