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起きたらまずいこと 問題って無いんだよ(無門関の教え)

禅問答で有名な「無門関」と言う本の7問目にこんなのがある。

「風になびく旗」

 風になびく旗を見ながら、二人の僧が言い争っていた。
「これは旗が動いているのだ」

「いや違う。風が動いているのだ」
 そこに通りかかった慧能がいった。

「旗が動くのでも、風が動くのでもない。あなたたちの心が動いているのだ」


この禅問答の境地になれることを書いて行こうと思う。


怖れ・不安または執着があるから、心が動くのだよ

普通の人ならば、この問答のお題の、「旗が動いていること。」に気を取られて、心が動く人はまずいないだろう。

旗が風に揺られていても、気にも留めないはずだ。


この坊さんたちが、なんで旗を気にしたのかは、俺は知らん。

しかし、人々が何かに対して、心が強く振れるのは、その事柄に対して、怖れ・不安があるか、またはそれに執着しているからだ。


この二人の僧のように、他人と言い争うことがあるならば、そこには言い争う必要があると、問題を感じているはずだ。

自分が、「これは問題だ!」と思うから、心が動いて争いたくなるのだ。


不安や怖れ、または執着が無ければ、問題は何もない

問題とは何か?

問題とは、起きたら困ることである。


「こうなったら困る。」と思うから、「問題だ!」となる訳だ。

すべての問題は、不安や怖れ、または執着から来るのが100%である。


「仕事を失ったらどうなる?」 「お金が尽きたらどうなる?」 「相手と別れるのは嫌だ。」 「相手に振られるのは嫌だ。」

「このままでは、社会はどうなる?」 「これから国はどうなる?」  「社会に貢献したい。」 「人々を幸せにしたい。」


ほとんどの人々が、こんなことを常に考えているだろう。

これらはすべて、不安や怖れ、または執着心である。


最期の「社会に貢献したい。」 「人々を幸せにしたい。」2つの言葉は、すごい良い考えとされて、それを全面に押し出して、社是とかにして、「それが幸せなる基本なのだ。」と言われている。

でもこれを強く思えば思うほど、心は動いて、他人と言い争う原因となる。


先に上げた言葉に対して、何も心が動かなかったら、この世界に問題とかあるのだろうか?

この無門関で言われている「風になびく旗。」とは、まさにこれらの言葉たちである。


なぜならば、この世界は何も起こってはいないからだ。

騒いでいるのは、自分の心だけなのだよ。


この世界に、問題など何一つ存在しない。

テレビをつけても、ネットを開いても、会社に行っても、出てくるのは問題だらけである。

毎日、毎日、問題が出てくくる。


しかも、出てくる問題は、毎回同じで、先に述べてる言葉に関するものだけだ。

新しい問題は、なに一つ無い。いつも同じ問題だけである。


「お金の問題。」 「異性の問題。」 「社会の問題。」 「国の問題。」これ以外に問題は無いと言ってもいいだろう。

何千年も同じ問題を解決できないで、争って来ているんだよ。


いい加減に気づきましょう。


この世界は、すべて造り物でインチキなのだよ

昔から、「この世は幻想である。」と言われているが、

この地球や宇宙空間には、実体が無い。


「リアル社会。」と言われているから、本気になって生きていると思うけど、

実はリアルじゃないから。


生れる前から人生のシナリオが決まっていて、その役を各魂が演じているだけの映画のような世界なのに、

本気になって、役者になりきって、演技に没頭しているから、問題と思って、心が動くのだ。


この地球上での世界での演技に、没頭することを辞めることを、「目覚める・真我への明け渡し。」と言う。

この地球上での人生はシナリオが決まっていて、シナリオ以外のことは起こらない。


「この役をやります。」と言って、シナリオを決めて生まれてくるので、何かを求めて執着しても、

シナリオに書いてきていないことは、出来ないんだよ。


その代わりに書いてきたものは、絶対に手に入る。

それをジタバタもがいて苦しんだり、悩んだり、悔んだりしても無意味なんだ。


それに、お金でも、高級車でも、宝石でも、恋愛でも、肉欲でも、手に入れた時の喜びの感触は、

もともと自分の魂(ハイヤー)が知っているものを、意識が魂に戻って再確認しているだけなんだ。


もともと、この世界にあるすべてのものを、自分の魂(ハイヤー)は持っているんだよ。

魂(ハイヤーセルフ・真我)が目覚めれば、すべて満たされている感覚になれる。


魂は、最初から最後まで満たされているんだ。

もともと幸せに満ち溢れていて、幸せの感覚しか持ち合わせていない。


この地球上の役に没頭しているから、不足を感じるんだよ。

※この世界はリアルじゃないと言われて、全然わからない人は、過去記事に詳しく書いてあるので、そちらを読んでください。


この地球上で死ぬことも、地球が滅ぶのも問題では無いんだよ

「すべては一つ。」で、この世界には、「宇宙の創造主(源)。」ただ一人しか存在しないのならば、

闇も光も問題は無く、例えこの地球が木っ端みじんに吹っ飛んでも、宇宙に何も影響は無いんだよ。


こう書くとかなり反論は来ると思うけど。

闇や光の戦争、宇宙戦争、次元上昇による宇宙への影響、いろいろな意見があるとは思うが、


それらくらいで、本筋に影響が出るくらいならば、「すべては一つ。」では無いんだよ。

この世界は、宇宙の源のエネルギー体がただ一つだけ存在して、その細胞の一つが私たちであり、


すべてのものが、源の一部に過ぎない。

すべてが夢の世界で、一粒の細胞が夢を見ているだけ


夢の世界で、戦争があっても、地球が滅んでも問題なんて全然ない。

それに問題があるのならば、夢の世界では無いし、目覚めるとは言わない。


もともとは、何も存在していない。

私もあなたも存在していない。


宇宙の源のエネルギー体が一つあるだけ。

死ぬことはなんてことは無い。


死んだら、夢から覚めるだけ。

死んだら、夢から覚めるだけなのに、何が問題があると言うのか?


この世界は、夢の世界で、すべてが造り物でインチキなのに、問題だと思って、心を動かす必要も無いんだよ。

問題なんて、最初から最後まで、一つも無いし、どこにも存在しない。


この地球上で起きていることは、すべて夢の世界で幻想である。

それを「リアル社会。」と思って本気になって演技してるから、「問題だ!」と、心が動くのだ。


自分が死んだら、源の愛に包まれるだけで、他人が死んでも、同じく源の愛に包まれるだけ。

地球が滅んでも、また再生する。(実際に今回で7回目)


滅ばないように進化する勉強をさせられているのだとか。

今現在は、滅ぶか進化するかの瀬戸際だね。


ここでもね。

「地球が滅んだらまずい!」って思うのは、この旗のように、心が動いているのだよ。


問題だと思わないことだ。

この世界に問題なんて一つも無い。


すべてOKなんだ。

「なにも問題は無い。」と思えば、問題は無くなって、誰もが、何事にも心を動かされ無くなれば、地球も滅ばないし、苦しみも無くなる。


これを頭で理解しようとしても無理だろう。

頭 = 脳みそ =エゴ(思考)私と言うもの 

これでは体得不能である。


禅問答でも、殴ったり、腕を切り落としたりして、自分の中の神を顕現させようとしている。

自分の中の神とは、自分の魂(ハイヤーセルフ)である。


宇宙の源(ブラフマン) = 魂(ハイヤーセルフ)アートマン

真我の目覚め 真我の明け渡しが起こると、魂(ハイヤーセルフ)で行動できるようになる。


その時にはじめて、すべてに問題など無かったと体得できるだろう。

体得できれば、恐れも執着も無くなるから、どのような選択肢や結果にでも、「どっちでもいいよ。」と言うスタンスで対応できるだろう。


心が揺れ動くとは、それだけじゃ無かった(真の目覚め)

追伸

後で気づいたのですが、

この記事で、「旗が揺れ動くことに気を取られ、心が動くこと。」を強く問題に思うと、捉えていましたが、


気を取られるて、心が動くことすべてですね。

ほんの些細なことでも、人は他人と、「そうでは無い。」「こうなのだ。」と議論しようとします。


それらすべてが、「旗が揺れ動くことに気を取られる。」ことなのでした。

その他、細かい事の心が動いたことすべてです。(ジャッジなども。)


これが本当に、完璧に気に取られることが無くなり、心が動かなくなったならば、


全く波の無い水面のような、真の穏やかさを得ることが出来るでしょう。

完全に目覚めて、宇宙(源)に戻った状態ですね。


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