パワーハラスメント ・ 後遺症

ソラガナイ

「お前はなんでそげん自分を卑下するごとなったとか?」

父はとても不思議そうに言った。

許容の限界を超え、泣きながら今までの思いを吐露する私に父は文字通り不思議そうに言ってのけた。

ハラスメントをする人間の感情は自分にだけ向いている。

自分の言動が相手にどんな影響を与えるか、そんなことはどうでもいい。
ただひたすらに自分の感情が晴れるか晴れないか、そこだけに向いている。

このハゲー!!!!議員の豊田真由子氏が相手に散々暴言を吐いているにも関わらず、
『お前が私の心をどれだけ傷つけてると思うんだー!!!』
と怒鳴っていたのがまさにそれだ。

この音声が連日テレビで取り上げられた時、フラッシュバックを起こした人は多かったのではないか。
口調から思考回路に至るまで、彼女の感情は父のそれと同じだった。

虐待を受けて育った人間の後遺症は深い。

『あなたは悪くないよ。だからもう、自分のために生きようね。』

頭では分かっていても心が萎縮してしまう。

見えない萎縮は、端から見れば努力が足りないとなる。

「努力したんだよ。」
そう言える側に居続けたかった。

努力は・・・結果が出なければしていないことと同じだ。


生きる不具合を感じたのは小学生の頃。
以降いろいろな場面に適応できないまま成長した。

周りのお友達も皆同じなのだと思っていた。
そうではないと気付いたのは中高生頃。

両親が私を責めるように、私は駄目な自分を責め続けた。
普通になりたくて必死に他人を真似ながらやり過ごした。

家を出ても社会に出てもうまく適応できず、それでも目の前の生活のため仕事を探し働いた。

両親から与えられたいびつな物差しは社会では役に立たず、身をもって知った私はそれを壊すところから始めた。

周りから普通だと思ってもらうため取り繕い、相手を傷つけないように、受け入れてもらえるように、努力すればするほど自分が分からなくなり苦痛が増えた。

それでも、その場しのぎでも、誰も助けてはくれないから平気なふりをして前を見た。

実際、だからといって大した事をしたわけではない。
私が必死になっていたのは健全に育った人には身に付いている安定した土台、それが欲しくて模倣しただけに過ぎない。

そんなハードルの低いものを手に入れることさえ私にはできなかった。

いろんな意味で自分を酷使していたと思う。

今に至るまで、私にはいろんな不具合があるけれどメンタル的病気ではない。
一度も病院にかかったことはなく、よって病名を付けられたことも無いということだ。

長兄はパニック障害だそうだ。
「お前、過呼吸の時どげんすっか知っとるか?こげんすっとぞ。」
突然そう言い口元に紙袋をあて自分の息を吸うのだと嬉しそうに実演披露してくれた。

私が(おそらく)過呼吸を起こした時、体温は下がり吐き気が襲い手の指はあらぬ方向へ反った。
紙袋・・・そんな余裕も、もちろん嬉しくも、無い。

病名が自分を守るため他人を傷つける免罪符になるのなら私は欲しくない。

私が苦しんでいるのは病気ではない。虐待の後遺症だ。







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