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2014年の大きな経験と学び

第二子を授かったのは不妊の事にけじめを付け、社会に仕事復帰した4ヶ月後。びっくり仰天でした!長女が伝えてくれた言葉が言霊に!自分の時間を充実させながらイキイキと過ごす毎日も良かったのでしょうか。自分のこの子宮に赤ちゃんが来てくれた事がただただ嬉しかった。やっっと、娘をおねちゃんにしてやれる。同時にこの子はこの世に生み出さないといけない。そんな使命感やプレッシャーも感じていました。

第二子はこんなに待ち望んだ命でしたが、逆子で10ヶ月の妊娠期間は後半に連れ体調が悪く、不安も多く…自分のメンタルは最悪。「子宮の冷たい下の方から脳みそを守るように温かい心臓の方に頭を向け大事な頭部を守っている」そうやって命を赤ちゃんなりに守っているように思えました。

帝王切開

このまま逆子の状態なら帝王切開になる。第一子が自然分娩だったので、この子もどうにか自然分娩にならないか…助産師の先生もクルッと最後の最後で回らないかな。って優しく言ってくれていたけど、全然。

自分も帝王切開はしたくない…できれば赤ちゃんのタイミングで出るような本能的な誕生を大切にしてやりたい。そう思っていました。逆子なのは自分の身体のせいじゃないかな。となんとなく自分も責めてましたね。

しかし、当時逆子対策で通っていた鍼灸の先生が「赤ちゃんの天命はお腹に宿った瞬間から決まっている。逆子で生まれてくるのも赤ちゃんんが決めた事」と言われた一言に救われたのです。そして主人が2010年に入学した大学を卒業するのを待っていたかのように2014年の5月に次女が帝王切開にて元気にこの世に出てきました。ずっと3人家族だったから、信じられなかった。とても嬉しかった。

そして整体院を鍼灸院として移転オープンしたのもこの年です。妊娠中に主人と建築設計事務所の方と打ち合わせをしながら準備をしてきた鍼灸院を、2014年7月に開業しました。

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学びのきっかけ

2014年は怒涛の1年でした。2つの大きな出来事があった年。色んな学びをした1年です。

①次女の発育発達の遅れ

待ちに待った第二子ですが、第二子は生後まもなくの検診で成長に遅れが出る事を断言されます。その通りに同じ月に生まれたお子さんより、2ヶ月遅れの成長をみせた我が子。身体が小さく細く、ハイハイもしない。

“ハイハイをしない子は沢山いますよ” 医師にそう言われれば “あっ、そうなんですね” と安心するお母さんもいるのでしょうが、私はこの事をきっかけに子供の発育発達を学び、赤ちゃんが誕生してから一人歩きをするまでの大切な流れをこの子で勉強しました。やはりハイハイが自然とできる成長過程が好ましいです。大人がそのチャンスを奪っている可能性があります。それが私です。この経験は第三子の育児にはかなり良い影響を与えます。

②母の癌発覚

次女が生まれた数ヶ月後、家族で1番病気知らずの母の子宮に、平滑筋肉腫という悪性の癌が見つかりました。筋肉を通る癌のため、血管を伝って転移する可能性が高い癌です。術後は全摘した母の美しい子宮を家族みんなで見ました。なんというか…ここに私達がいたんだ。という聖域のように感じました。

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[ Photo 母と私 1982年 ]

腫瘍を取り除く手術は本当に大変な手術だったそうです。長い手術時間を終えてストレッチャーで運ばれて来た母は、青ざめていてまるでまるで死人。手術の腫瘍の状態に関して医師は尿道の膜1枚で尿道への転移は免れたと言っており、もしそこに癌が及んでいたら人工排泄になる可能性がありました。

“成功しました”と医師から言われ喜んでいたのは束の間で、2週間後の病理検査の結果、転移が見つかれば5年生存。そう言われ、家族みんなで大泣きました。とくに父のショックは大きく、母よりも父の事が心配でならない状況に。

母の入院生活中は生後6ヶ月の次女を連れてほぼ毎日病院へ通いました。疲れていても眠れない日が続く。考えれば考えるほど不安。母の命を考えて、父の事を考えて。私ができる事を考えて。そんな時に、若くして父親を亡くしている主人の存在はとても大きく、私の父や家族の事もとても慈悲深く考えてくれていました。

私が母の今の状況を受け入れる上で、やらなくちゃいけない事…それは母から頂いた命を繋いでいくこと。母はきっと大丈夫だと何度も伝えてくれた上で、今の自分の日常をしっかり過ごし、子供たちをしっかり育てていく事。それが1番お母さんも嬉しい事だと思うと。と伝えてくれたのです。

この経験で気が付いたこと

そんな毎日を過ごすなか、我が子にも変化が。体調が悪くなったり、夜泣きが続いたりですね。生まれ出ても母親と子供は見えないへその緒で繋がっているとはこの事です。私は娘の立場でボロボロになり、気が付けば我が子がボロボロ。

このように、娘の立場の自分、母の立場の自分。この2つ立場から感じた事があります。それは

お母さんが元気でいないと子供を守れない

という事です。ネガティブな言い方からポジティブな言い方に変えると、お母さんが元気でいれば子供や家庭が守れるということ。お母さんはいつになっても太陽なんですね。社会も女性も元気な国はやはり活気があると感じます♪

命の喜び、命が絶える可能性、そんな毎日の頭の中は忙しく、精神的に鍛われる1年となりました。母は病理検査の結果、転移は見つからず、抗がん剤治療をたくましく終えた後も再発はありませんでした。今6年が経ち、元気にしています。

母が癌の闘病中は、若くして癌の闘病をたくましく乗り越えた経験がある私の友達、そして、同じ母親が癌の闘病を経験した友達が精神的に寄り添ってくれました。今もこの母親の癌の話には当時気にかけてくれた友達に深く感謝を思うのです。

母の状況が落ち着いた頃で次女が10ヶ月の月齢の時でした。上記の経験と想いを得た私はこどもの発育発達に基づいた体操のセミナーを受講し、その流れで自分で自分の身体を整える体操(特に女性に)のインストラクターの資格を取得しました。

主人が鍼灸師であろうと、私はずっとただの主婦で身体のことの知識は全く無く、脳みそはフル回転でした。尿漏れも予防するインストラクターの資格なのに、お小便を漏らしそうなぐらい緊張の連続でしたが、合格の結果はとてもとても嬉しかった😊

この経験が私の今の仕事を選んだ事の理由になる出来事です。この体操教室を含め、こどもや家庭を守るために、女性を元気にする仕事をやっていきたいと目標ができた最近です。

それでは、また書きますね☺︎

そして続き↓


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