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甘く溶け合う依存


—――これは本当の恋愛。俺は本に共感することはあまりないんだけれど、これには共感したんだよね。

本屋であのひとが少し俯きながら手に取り言った。まるでわたしなんかここにいないみたいな顔をして。


きっとあのひとは、

私は歩くのが好きだ
「いいえ、小説」
ファンのなかには随分熱心なひともいる。あなたには仕事の一部らしいけれど
でもそれはもう箱の中だ。
過ぎたことは絶対に変わらないもの。いつもそこにあるのよ。すぎたことだけが、確実に私たちのものなんだと思うわ
みんな箱の中に入ってしまうから、絶対になくす心配がないの。すてきでしょう?
—――きみは馴染まないね。
コットンキャンディ色
手紙を書いた
それじゃあかわいがられなかった動物は?
骨ごと溶けるような恋
あのひとのキスはあのひとにしかできない
「ロマンティックじゃないのね」
一度出会ったら、人は人をうしなわない。
十二年間東京の誰にも連絡していない。連絡を完全に断つことなんて、存外簡単なことだった。いないつもりになればいいのだ。
言葉で心に触れられたと感じてしまったらしまったら、心の、それまで誰にも触れられたことのない場所に触れられたと感じてしまったら、それはもう「アウト」なのだそうだ
もう、いいから
—――こうやって抱き合ったまま、水になって流れていく


わたしは、

あたしが発生したとき
「白くてふちがぴらぴらのやつね」
小さな爪を、すべてうすいピンクに染めている
裏庭は日影が多い
「いまの誰?」
城址公園
地区センター駅前は、なんだか遊園地みたいだ
床は黒と白の市松模様、天井は白
階段は吹き抜けになっていて、四角いオブジェがある
—――ひとがどう思うかなんて気にするのはやめなさい
あたしたちって世界一性格の悪い母娘だ
「ロマンティックすぎるのよ」
—――べつに
きょうの先生は、ベージュのシャツにモスグリーンのジャケットを着ている
—――ごめんなさい
「狂ってるわ」
やっとでてくるセックスという文字
いつもそうなのだ。どうしてかはわからないけれど。


あのひとのヴェール越しに見る世界は、どうしようもなく苦しくせつない。際限なく透明で深く、とても美しい。

彼の箱は誰にも触れられない、開けられないところ、何重にもなった扉の奥にひっそりある。黒くて小さい秘密の宝箱。

その綺麗な栗色の瞳の奥をどんなに覗いてみても、私とどんなに顔が向き合っていても、あのひととは絶対に目が合わない。ふっと笑う顔に揺さぶられながら、心に少し風がふく。ずっと。視線の先にはそのひとがいるんだね。

たとえ沢山のプレゼントを受け取ったとしても、意志を固めたらあっけなく全てを捨ててどこかへ行ってしまいそうな儚さに、こころがぎゅっとなる。

いつかボートに乗って、行ってしまうのだろうか。

いや、既にあのひとはボートに乗っているのかもしれない。
とても美しい春風を纏ったボートに。
こちらから呼びかければ、にっこり笑って手を振りかえしてくれるだろう。目は合わない。彼は手に、甘く愛しい、小さな宝箱を抱えているのだから。


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