初登園の日の、その後
園生活が始まる最初の日、幼稚園の玄関で母と別れるとき娘はきっと泣くだろうと思っていた。
うわんうわん泣いて、ママおいていかないで、なんて言われたらどうしよう…。想像するだけで胸が張り裂けそうなくらい、娘のことを溺愛している。自覚はある。
いよいよそのときが来ると、娘は、幼稚園の先生と仲良く手をつないで、淀みない足取りでさっさと教室へ入っていった。
うそでしょ!?あの人見知り大魔王が!?と、わたしは唖然とした。
人気作家、江國香織さんの著に「号泣する準備はできていた」という一冊があるが、わたしの場合、号泣される準備はできていた、のだ。
すっかり拍子抜けして、からっぽになった子乗せ自転車のチャイルドシートをカタカタと揺らしながら帰宅した。
じつは、娘がまだ1歳だった頃から、今年入園の決まった幼稚園の園庭開放に親子でせっせと通っていた。
顔見知りの先生もいて、何度も入ったことのある園舎へ行くのだから、娘が平気な顔をして初登園をしたのにも頷ける。
とはいえ、母と離れて娘一人で教室に入るのは初めてのことなので、寂しがって泣くことを覚悟していた。しかしわたしの考えているよりもずっと、娘は成長していた。
登園初日なので、この日は午前中の二時間ほど預けてお迎えに行った。
担任の先生から聞いた話では、娘は、はじめこそ機嫌良く遊んでいたものの、途中一度だけ母のことを思い出して涙ぐんだらしかった。
「ママのことがだいすきやから」
と言って、目を潤ませたが、ぐっと堪えて泣くに至らずにまた遊び始めたのだとか。
よく頑張ったね。ほんとうによく頑張った。そんなあなたを誇らしく思う。ママもだいすき。
ところで、娘を園にあずけていた約二時間、送り迎えの時間を差し引けば実質一時間半もの間、わたしは一人だった。
平日に一時間半も一人きりになれるという、この新鮮味といったらなかった。
家中の掃除をし、娘の昼食の準備をして、夕食の下ごしらえをしてもまだ時間があまる。なんとスムーズなこと!
一緒に遊んでほしいと泣いてすがりつく幼子の姿はなく、仕方なしに見せる子供向け番組の音すら聞こえず、家事をしながら子どものおままごとに付き合って裏声で喋り続ける必要もなかった。目の前のタスクにだけ集中できる、この感覚。一度味わえばもう元には戻れないかもしれない。幼稚園様々。
ただし、娘のお迎えに行ってから後は、いつもに増して忙しかった。
自分と娘の手洗い・うがいをし、着替えさせて自らも着替え、家中の窓を開けて、荷物をかんたんに消毒し、昼食をとり、娘のはみがき、おむつ換え、後片付け、この辺まではいつものことだが、その後、娘の体操服を手洗いしたり、持って帰ったお便りの山にすみずみまで目を通して、必要な書類を書き(娘に揺らされて何度も書き直し)、明日の準備をして、さあひと休みしよう、というところで娘の「ねえママ、なにしてあそぶ?」攻撃が飛んでくる。
ああ、あっと言う間に、我が家の日常が戻ってきた。
ようやく落ち着いたいま、ソファに座るわたしのひざまくらで、娘が猫のようにくつろいでいる。おつかれさま。明日も一緒に頑張ろうね。
(2020/06/01)№1.5
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