心と身体③
ルーティーン
保育園に預けてから、高速道路を走り、市内を走り8時15分までにロッカーにたどり着く、着替える。
17時15分を待って、ダッシュでロッカーへ。着替えて、病院の近くのスーパーで速攻で夕飯の買い物。市内を走り、高速道路、18時30分までに保育園到着を目指す・・・。行きも帰りも道路は渋滞。5車線の市内の道路も車でびっしり!
よかった、私、車の運転が好きで。時間はかかるけど運転は苦ではなかった。
帰宅後、TVやビデオを見せながら夕飯の支度。
お風呂に入って、寝かしつけ。明日の支度をして寝る。
この頃はきっと、毎日こんな感じだったと思う。
自分の記憶がほぼ残っていなくて、写真や保育園との連絡ノートのやり取りを読み返しうっすらと思い出せる。きっとバタバタの日々だったんだと思う。
保育園とは有り難いもので、産休に入ってからも時間は短めになるけれど保育をお願いできるので、とても助かりました。二人目も勤務先の病院で出産する予定だったので、産休に入ってからも検診には通勤と同じ道のりで通院しました。心配だったのは、陣痛がきてから出産までに病院につけるかな?もし、その日、高速道路が事故車や悪天候で通行止めだったら?
考えても仕方ないけれど、いろいろな場合を想定して頭の中でシュミレーションしていましたね。
お産について
お産はあれよあれよと進み、陣痛がきてから3時間ほどで、なんとか産めました。実家を出発してからはあっという間でした。心配していた高速道路も通行可能でした。お部屋に行くことなく、検査の後は分娩室でしたね。3700gデカかった。
職場の皆がかわるがわる休憩時間に病棟へきてくれたり、就業後に寄ってくれたり、入院生活は楽しかった。
1人目の時はちょうど年末年始で外来はお休みに入っていたので、病院は静かだった。年越しを病室で過ごし、硬いお雑煮の食事を食べた事を今も忘れない。
この病院では産後母子別室だったので、3時間ごとの授乳の時間以外は母は病室でゆったり過ごすことができた。これはとてもいいです。
母子別室最高。
2人目はとにかくよく乳を飲んだ。私も二人目だし母乳は溢れるほど出る人だったけど、3時間おきの授乳だけでは足りないようで、看護師さんから
『「闇」ミルク飲ませておいたよ!』と言われることも何度かありました。
飲ませろと泣き止まんらしい。
実は鋼の心
わたしの産後の身体はいたって順調、1人目の時も今回も、妊娠中も特に何の問題もなく過ごせていました。タイトルに『心と身体』と付けましたが、基本元気な人なので、このまま行きます。3人目の妊娠までとこの仕事を辞める前,そしてそこから20年ほどたった最近、私のこの鋼の心が乱れますが、それはまた別でしっかり書きたいと思います。今は必至で思い出し、昔のことを書いています。自分の人生を振り返っています。しばしお付き合いを。
復帰に向けて
1人目は職場に遠慮もあって、産後4ケ月から復帰しましたが、2人目は産後半年休みました。しっかり母乳を飲ませ、上の子は日中保育園に行けるし、余裕でしょ。と思っていたけど、甘かった。
2人目がとにかく・・・寝ない。
1人目は本当によく寝て、一度寝ると何時間もぐっすり。私もまとまった時間ゆっくりすることができていた。庭の草取りを全部やっても、起きなくて、モニター壊れてないかと部屋まで見に行ったりもした。
だが、2人目はちょろっと寝て、すぐ起きて。辛かった。
でもさ、きっとこれが本来の赤ちゃんだよね。1人目、楽させてもらったから仕方ないよね。と人には話すが、相当つらかった。
復帰の少し前から、2人目の慣らし保育が始まり数時間お願いすることができた。
それに合わせて断乳もした。断乳きつかった。今回は止めないと、休憩時間、託児所へ飲ませに行くこともできないし、断乳が最良の選択だと決めて実行しました。
そして、気づき始めた。2人の保育園の準備って大変。
復帰したら、この支度を朝の7時には終えて出発できるのかしら?と物凄く不安になったと保育ノートに私が書いている。
復帰
予定通り産後6ケ月で職場復帰した。怒涛・・・。毎日大変。
時間は決まっている。それまでにやらなくてはいけない事が次から次にいくつもある。自分一人ならともかく、三人である。しかも2歳と0歳だ。
私の手腕が試される。必死。
保育園はお昼寝セットがいるのです。それは週末に返され、週の始めにまた持っていくシステム。月曜日はものすごい荷物です。ミニバンで良かった。
起きたらまず自分の身支度をして、超簡単な朝ごはんを用意、子供食べさせ、身支度、夕飯の米を炊飯器予約、荷物を詰め込む、チャイルドシートに子供を一人ずつセット(乗せる)でGO! 車と家を何往復するのやら。
もう大体ここまでで疲れてる。
運転して職場へ。本当に眠たくて、あくびをしながらの運転でした。
市内の赤信号で先頭で停車しているとき、眼を閉じてしまった。
落ちた・・・。ハッと気づいて目を開けたら、渋滞でぎっしりだった周りの車がいなくなっていた。みんな私の車を避けて、発車していったらしい。ブレーキから足を離してしまわなくて良かった。いけないそのうち事故する。
身を引き締めた。
ゴミ当番
子供ができてから、家のゴミ当番は完璧に主人の担当になった。
主人の方が少しだけ出社時間が早い。私は子供を乗せて園に送る。
主人はゴミを乗せて、ごみ置き場経由で出勤。
もちろんゴミ当番はゴミを集めることも分別することもやらねばなりません。
よく、奥様が準備して袋に用意したゴミを、ゴミ置き場に持っていくだけのゴミ当番の旦那様がいらっしゃいますが、我が家はそんな甘くなかったのです。
それから25年以上経ちますが、私が仕事を辞めても、子供に手がかからなくなっても、主人は今もゴミ当番をやってくれています。
代わってくれとか、言われたことも1度もありません。ありがとう。
代わろうか?と絶対に聞かなかったあの時の自分に拍手を送りたい。
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