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飢餓海峡 ※ネタバレあり

あらすじ:昭和22年に青函連絡船沈没事故と北海道岩内での大規模火災が同時に起きる。火災は質屋の店主を殺害し金品を奪った犯人による放火と判明。そして転覆した連絡船からは二人の身元不明死体が見つかった。それは質屋に押し入った三人組強盗のうちの二人であることが分かる。転覆事故のどさくさにまぎれた殺人事件の犯人を、弓坂刑事は10年に渡って追い続けていた・・・

先日、『飢餓海峡』を再見。初見はストーリーを追うのみだったのが、二度目は一人の男を一途に想い続ける娼婦・杉戸八重(左幸子)の純真無垢さばかり目がいく。

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殺人事件を起こし、逃亡中だと知らずに八重は男をやさしく扱う。湯に入れ、髭をそらせ、爪を切り、傷をした手に薬をぬって包帯を巻き、一夜を共にする。この濡れ場がエロティシズム溢れる演出なのだ。

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掛け布団に包まり、抱き合っている二人。途中、掛け布団から八重の恍惚とした顔だけが覗く。掛け布団で二人の体がはっきりとみえないのだが、観る側の想像力をかきたてる効果があってこれが良い。

八重の情にほだされた男は帰りがけに「闇でもうけた金だ」と偽り大金を恵む。そのおかげで悲惨な境遇から抜け出せた八重はその男を生涯想い続け、その男によって命を落とすこととなる

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この左幸子演じる杉戸八重に嫉妬の炎を燃やした女優がいる。それは当時、三國連太郎と付き合っていた太地喜和子である。

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『飢餓海峡』の撮影のために北海道に滞在する三國を追って、函館にやってきた太地は三國が借りたアパートに押しかけ、そこで何をするのでもなくただただ激しい嫉妬に身悶えしながらガランとした部屋で撮影を終えて帰宅する三國をじっと待っていた。当時、太地喜和子20歳。三國は次第に太地の貪欲な愛情を息苦しく重荷に感じ始め、太地と別れを決心する。その当時を太地は後年次のように回想する

〈あれは彼が『飢餓海峡』のロケで北海道に行ったときだった。あのときひとりぼっちになるのがとても寂しくて、彼に頼んで北海道へ連れて行ってもらったの。それがわたしたちの最後の旅だったのね。東京からの電話で、わたしが先に帰京しなければならなくなると、飛行機ぎらいの彼は、わたしに汽車で帰れ、と強くいったの。それでしかたなく青函連絡船に乗ったら、ボーイが『お客さまにお届けものです』って、紙袋を届けてきたの。変だな、と思いながら開けてみると、ロケ中に彼が毎日着ていたVネックのシャツが「疲れた」というメッセージとともに入っていたの。彼の匂いがいっぱいしみついていたわ。そんな形で、彼はわたしにサヨナラをいったのね。あのときほど泣いたことはないわ。船室で、彼のシャツに顔を埋め、彼の匂いを胸いっぱい吸い込みながらおもいっきり泣いたわ。〉(「週刊ヤングレディ」1976年11月9日号)

その後、太地は舞台で代表作の1本といえる『飢餓海峡』(木村光一演出)で、かつて彼女が嫉妬した杉戸八重を自ら演じることになる。

「男は夢と寝たがるが、女は男としか寝ない」

三國連太郎が太地にふと漏らした言葉に「ぼくの前を通りすぎていった女は多いけど、ぼくのなかに、結局はなんにも残してはいないんだなア・・・」
太地はその時の気持ちを後に、「彼がふっともらしたその言葉に、わたしは匂いを感じたの。彼のすぐうしろを歩いていたわたしは、そのとき彼の背中に、寂しさがべったりはりついているのを見たような気がしたわ。この人のために生きてみたい・・・とっさにそう思ってしまったの。泥くさい感じだけど、竹の根のような繊細な神経の持ち主だった彼。二十も歳が違うのに、寂しがり屋の子どものような大人だった」と述懐している。

「いろいろな女優さんと噂をまかれましたが、私が実際に男女のおつきあいをした女優さんは、太地喜和子さんだけです。太地さんは魅力的な優しい人でした。これは異常ともいえるほど博愛精神をお持ちの方で、どこにも行かず、他のことは何もしないで、ひたすら私だけを待ち続けてくれる風情なのです。ただ、一抹の恐怖を感じさせる生き方に近いものが伺えました。ああ、この人は自己破滅していく人だな、自分自身が崩壊する道をあえて選んでるんだなと、私自身を棚に上げて感じました。その破滅への道に私も身をゆだねて、彼女と心中する覚悟にはなれませんでした。勝手なものですが、二人の関係を続けるためには、同じ仕事をするのは困るから女優をやめてくれといったのですが、彼女はどうしても女優という仕事に未練があったようです。もちろん、一緒にいる時、仕事の話は全くしなかったけれど、だんだん彼女の暮らしの後姿に虚しさが透けて見えてくるのです。私は、妻と別れて彼女とともに暮そうと何度か決意したこともありましたが、彼女が劇団をやめていないことが周りからわかった時、やっぱり私の住む世界はここではないと思って、身を引く決意をしました。おつきあいを始めて丸々一年後のことでした」

                             【敬称略】

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