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人間界最強の双子"ヘラクレス兄弟"

今回ご紹介する石田兄弟(石田健佑さん、石田陽佑さん)は、大館市に生まれ、20歳頃からスタートアップとしてチャレンジし続け、大館に帰郷後に立ち上げた、ヘラクレスオオカブトを主体とした外国産昆虫の生体販売事業では、ECサイトの月間PVが15万超え&事業の拡大を果たすなど、まさに、大館の「若手のホープ」とも言える存在です。
そんな、”ヘラクレス兄弟”のお二方に、東京と秋田でのスタートアップがおかれる状況の違いについてのお話や、外国産昆虫の生体販売事業を始めるに至った経緯や今後の展望などについて、様々伺いました!

<インタビュアー>
  大館市商工課地域おこし協力隊 三澤雄太
  大館市商工課地域おこし協力隊 三澤舞

同じDNAだとしても環境次第で育ちは異なる

舞:いきなりですが、2人とも大きいですね!身長何センチですか?
健佑:兄のほうが186cmで、弟のほうが188cmです。弟の陽佑のほうがでかいですね。足の裏に肉がついてるとか、頭の上に肉がついてるとか、諸説あるんですけど。(笑)
陽佑:DNAは全く一緒ですからね。
健佑:カブトムシを研究してる側からすれば、環境の違いでこうも変わるんだなと。
舞:子どものときから食生活はずっと一緒だったんですか?
健佑:一緒のときはずっと一緒だったんですけど、わけあって陽佑が家出して、大館にいる母方の祖父母のもとに移住して、そこから変わったんですよ。
陽佑:(孫というのは)甘やかされちゃいますからね(笑)。
健佑:っていうところを見ると、カブトムシも環境によって変わるんだなって。
舞:なるほど!そこに繋がるとは!

"ヘラクレス兄弟"こと、石田兄弟(左:健佑さん、右:陽佑さん)。
若くしてベンチャースピリット溢れる、まさに「大館の若手のホープ」です。

兄:健佑さんの経歴

舞:まずは、お二人の経歴からお聞きします。兄の健佑さんからお願いします。
健佑:大館市生まれで、幼稚園の年長までは大館で暮らしていました。小中高は青森市で暮らしていましたが、その間も、夏休み・冬休みになれば、ずっとこっち(大館)に来てました。
舞:小中高は青森市だったんですね。
健佑:はい。高校卒業後は、東京メトロに就職して1年半くらい働き、そのあとにDMM.comの経営企画室で半年くらい働きました。DMM.comにいる途中から、陽佑とそのほか複数名で、渋谷を拠点にWEB系とSNSマーケティングの事業で起業しましたが、事業としてというよりは人間的にあまりうまくいかなくてこの先どうしようかってなって。2018年の7月頃に、おじいちゃんが体調崩したっていう連絡をおばあちゃんからもらって。陽佑と二人で話して、「帰るか」「もう一回、イチからやり直すか」っていう話になって、大館に帰ってきました。
舞:そうなんですね。
健佑:そのあと、いろいろあって大学受験をして、慶応義塾大学の環境情報学部を受験したら受かったんです。
舞:すごっ!!
健佑:おばあちゃんには行けって言われたんですけど、最初に払う入学金が高すぎて、「これ払うくらいだったら行かなくていいや」って。そこから半年くらい、IT系のフリーランスとして生活してて。その間に、深夜まで仕事して、その流れでカブトムシを取りにいくようになったんですが、全然とれないから悔しくなって、「お金の力で解決しよう、買っちゃえ」って。
雄太:ここでカブトムシなんですね!
健佑:そうなんです。最初にヘラクレスオオカブトを買ったのがきっかけで、もっと大量に増やしたいってなったんです。おじいちゃんとおばあちゃんに「400万出してください」って毎日のようにお願いしまくって(笑)。なんとか出してもらって、2019年6月に今の会社を作ることになりました。

弟:陽佑さんの経歴

舞:ありがとうございます。陽佑さんも経歴からお願いします
陽佑:高校は中退してるんすけど、その後通信制高校を卒業しました。通信制なのでほぼ学校にいくことがなくて、16歳のときに、知り合いの青森の建設会社の社長にひろってもらって。1年くらい働いてたんですけど、病気になっちゃったんです。朝起きたら顔の右側半分の唇が4倍くらいに腫れて…。大学病院で全部検査したんですけど、現場仕事だったので、粉塵とか、おそらくそれが原因じゃないかって言われたんですけど、なんの病気が原因不明で。
舞:ええええーーーーー
雄太:症状が謎すぎる…
陽佑:びっくりしていろいろ病院いって、それから他の症状もいろいろ出始めて、自分はもうそういう仕事するしかねーなと思ってときだったので、「もうなんもできないな」と思って。もうそうなると、ひとまず、せめていい大学くらいは行くしかねーなと思って、猛勉強ですね。
舞:そこの思考がすごいですね。
陽佑:当時から物販やってたんですけど、物販って薄利多売なんですよ。めちゃくちゃ頑張ってやっても月2,30万円なんですよ。サラリーマンじゃないし、いつ売上がなくなるかわからない、不安と戦いながらやってました。一生このままやってたら、2,30万円の暮らしで伸びがないなと思って、東京の大学に行ったら何か変わるんじゃないかなと思って進学を目指したんです。
舞:改めてですが、そこの思考がすごい(笑)
陽佑:受験するって決めてから受験までの期間が8か月くらいしかなくて、高校全部落ちてるので、中学までの内容もわからず、とりあえず知ってる、いわゆるマーチ、あのへんどっか受かればいいなって思い、13校受けて、まさかの1校だけ受かったんですよ(笑)
健佑:日大落ちたって聞いたときは終わったなって思いました。日大落ちたやつが青学は無理だって。
舞:その1校だけ受かったのが!?
陽佑:青学!第一志望は経営学部だったんですけど、受かったのは経済学部でした。経済学部って数学必要なんですよ。テストで二次関数とか出てきて、これ終わったな…これは本気でやっても卒業無理なんじゃないかなって。そのへんから兄・健佑がDMM入ったりとか、ITの業界おもしろそうだなって渋谷のベンチャー企業をめぐってるうちに、弁護士と相談者をマッチングするサービスを提供している、「株式会社カケコム」っていうバリバリのスタートアップから「うちに来ないか」って誘われて。僕はそこで3,4人目の社員でした。
舞:そのときまだ大学は?
陽佑:大学は休学してました。毎日出社して社長に会うと「あれ?そろそろやめた?」って(笑)。社長自身も早稲田大学中退組だったので、「そろそろ?」って言われてるうちに、"やめようかな"と。それで大学を中退しました。そこでITの知識を身につけさせてもらって。
健佑&陽佑:そっからは一緒だよね。

東京ー秋田のビジネス環境の違い

雄太:両方経験してるわけじゃないですか。それぞれの良さとか?
健佑:こっちでチャレンジングっていうか、一発あたればっていうビジネスやってる人いないじゃないですか。東京はみんなそんな感じなんですけど。上場目指して、とか。こっちに来ると、みんな地に足のついた、農業とか堅実なやつばっかりで。そこが地方と東京の違うところなのかなって。

資金調達は投資家から?銀行から?

陽佑:銀行からお金調達するとか、ほぼ聞いたことない。
雄太:たしかに、想いが伝わった上で、お金調達するってなると、投資家のほうが身近なのかもね。
陽佑:銀行は実績にお金出すもんね
健佑:過去のデータみて、同業種がこれだけ伸びてるから、この業種これだけ出してもいいっていう判断の仕方なんで。
陽佑:基本前例ないとダメだもんね。そこはなんかすごい差を感じるよね。
健佑:そういう意味でも、やっぱり投資家のほうがスピードは早いです。そっこう返さなくていいお金入ってくるんで。ただ、うまくいったときのリターンは少ないんだけど。
陽佑:何より、金銭的な部分を抜きにしたら、すごい楽しそうよな、あっち。
健佑:不安なさそう、キラキラしてみえる。
陽佑:失敗して当たり前みたいな前提があるんで。
健佑:こっちにいると失敗しにくいってのあります。地域の目とかもあるし。
健佑:あっちは失敗してもセーフティネットがある。失敗してもいい経歴が残る、他のベンチャーの役員に入るとか。失敗した先も用意されている。
陽佑:投資家は事業のピポット(※方向転換や路線変更などを意味する言葉)に対する感覚も違う。別の事業に転換してますっていっても反対する人はあまりいないっすね。むしろおめでとうって。投資家も事業に投資する人もいるんですけど、多いのは人に対する投資。銀行は人というよりビジネスモデルに投資をする。
健佑:そこは良くもあり悪くもあるよね。
陽佑:どんな人と一緒にやっていくかが問題で、血の盃をかわすようなもんすよね、出資は。
健佑:そこが難しいところだよね。最初いい人でも途中からヤバい人になる可能性もあるし。
雄太:こえ~
健佑:逆に言えば銀行はただ借りたものを返すだけだから、シンプルだよね
健佑:俺はやっぱり、地方に来て銀行派になった
陽佑:俺も銀行派

渋谷でのスタートアップ立ち上げ

舞:渋谷で二人が立ち上げた会社は、投資家に投資してもらったんですか?
健佑:投資はしてもらってないです。
舞:資金調達はどうしたんですか?
健佑:そこまで資金が必要なモデルではなかったので。
舞:どんなビジネスだったんですか?
健佑:クライアントからSNSのマーケティング案件をもらってきて、うちで抱えている学生のインフルエンサー的な人たちに案件ふっていくって感じでした。
陽佑:人のつながりで成り立ってるビジネスですよね。
健佑:ただそれやってるときは、周りと見比べても、この事業は一定まではいくけどデカくなることはないなと思ってました。これ続けていっておもしろいのかな?と。
陽佑:つまんなかったよね。しかも、あれが俺ら的にはストレスだった。ビジネス的にたしかに必要とはされるんだけど、やっていていいものなのかと。
健佑:社会的意義あるのかなって。
陽佑:グレーなわけっすよ。ステマなんで。
健佑:そういうのもあったり、これは、自分たちが悪いんですけど、他の役員の人たちと同じ株比率で始めたので、みんな責任は一緒なんですよ。なのに、「あいつあれしか仕事してない」「あの人は大学行きながら」ってなって。こっちはフルコミットしてるのに、株数一緒だから、責任とか配当は変わらない。株持ってる役員が多かったので、実務やるというよりは、揉め事の解消の会議が多くなってしまって。事業まわすプレーヤーよりも決済権者が多すぎて、事業自体がうまくまわっていかなくなった。
陽佑:それ自体がやっぱりさ、法律的な勉強不足はあるよね。なんでそんな人数で起業するに至るかというと、リスクを一人で取るのがこわいってところなんですよね。でも勉強すると結局、リスクというリスクは実際は存在しない。
健佑:恥ずかしいくらいだよね。
陽佑:僕が個人で億単位の資産を持ってればまた別なんですけど、一文無しだからね。
健佑:もともと何もないから。
雄太:一文無しは言い過ぎだけどね(笑)。でも、恥ずかしさも自分のなかの問題だもんね。
陽佑:最低限の生活は保障されてる国なんで。

「大館に帰ろう」という決断

石田兄弟が立ち上げた株式会社リセット&マラソンのWebサイトより
リセット&マラソンには”成功するまで、何度でも挑戦”という意味が込められている。

舞:東京でバリバリやってきて、大館に帰ろうっていう決断ってすごく大きい決断ですよね。
健佑:大きいっすね。東京でもずっとスタートアップとかベンチャーとか、そういう界隈にいたので、「そういうのは東京でやんなきゃダメだろ」って周りにはそう言われました。「ほんとにスケールしたいんだったら、東京にいないとダメだぞ」って。そういう風に言われてたので、田舎に帰ってやれるのは、小っちゃいビジネスしかやれないのか、と。最初はそういう感じで帰ってきました。ちょっと挫折というか。
陽佑:最初は、帰るとしてもまた東京に戻る気持ちでいた。
健佑:おれもそう思ってた。ビジネスを考えなおして、東京行ってもう一回やろうかなって考えてました。
陽佑:それこそ、夏休みにおじいちゃんとおばあちゃんのとこに行く感じで戻ってきました。

大館だからこそできたこと

舞:大館だからこそできたこと、とか、大館でよかったことはありますか?
陽佑:ありますね。まずは、生活コストが安いっていうことですね。固定費を下げるっていう意味ではね。自分の生活もコストですからね。
健佑:そこはすごい利点っていうか。こっちでビジネスは難しいですけど、拠点としてみれば、めちゃくちゃいいと思います。
雄太:いま、大館市白沢の旧公民館をカブトムシの生産場所として借りてますよね。借りてみてどうですか?
陽佑:相当コストを迎えて規模を拡大できましたけど、いまはそこからさらに事業転換してる。うちはもう生産はやっていかないので。

ターニングポイントを迎えたカブトムシ事業

産業廃棄物からタンパク質へ

健佑:完全にターニングポイントを迎えたというか、うちの会社は、最近のSDGsみたいなところで、菌床=産業廃棄物を、高単価なカブトムシにかえているんです。産業廃棄物=ゴミを、すごい量のたんぱく質に変えてることになるんで、社会的意義があるっていうので最近注目してもらってて。いま、生産拡大を目指しているんですけど、もともと市場が大きくないので、これ以上広がらないなってなったら、昆虫食に、そっち路線を開拓していかなきゃいけないのかな?と。
舞:おぉ、昆虫食!カブトムシって栄養あるんですか?
陽佑:ほとんどたんぱく質ですよ。成分的にはほとんどカニなんで。
舞:え、蟹…めっちゃ美味しいやつじゃん。。。
陽佑:それは知らないですけど(笑)
雄太:ちょっと食べてみてよ。
陽佑:いや、僕ら甲殻アレルギーなんで(笑)
雄太・舞:うそでしょ!(笑)

SDGsの視点から見えてきた社会的意義

雄太:この数年でSDGsってよく聞くようになって、社会的にも意識が高まってると思うんですけど、そういう社会の動きがあったのもキッカケだったりするのか、それとも、後付けで「あ、これSDGsだな」みたいな感じなのか。
陽佑:後付けですね。全く気付かなくて、僕ら自身全然みえてなかったんですよね。周りから注目されるようになって、周りの人から「君たちのやってることってこうだよね」って。
健佑:こっちとしても社会問題が解決して、なおかつビジネスにも繋がるっていうほうがモチベーションもあがるじゃないですか。
陽佑:ある意味壁にぶつかった部分はあるよね。社会的意義がないと会社として大きくスケールしないっていう。それを先輩経営者に言われて、自分たちの社会的意義ってなんだろうなって考えたら、SDGsの一環として成り立ってるじゃんって。最近そこに気づいた。
健佑:スケールしている会社って世界とか国の政策と同じ方向向いてますもんね。周りの会社みてたら、会社として必要な要素なんだなって。

秋田で掴んだ「チャンス」は、人の繋がりから。

「秋田銀行ビジネスプランコンテスト」の様子
予選を通過したファイナリストと審査員での集合写真

舞:2人が大館で起業してから、あっという間に秋田県のビジネスシーンに躍り出た印象があるんですけど、当初から意識していることってなにかあるんですか?
陽佑:いやー意識してることはないです。
健佑:出たいとも思ってなかったですから。
陽佑:周りに囃し立てられた感じです。
健佑:ずっとそれできてます。
陽佑:事業転換も自分たちのアイディアというよりは、周りからこうしたらああしたらっていう感じで。
舞:まわりの社長さんや先輩経営者に会いにいくようしてるってことですか?
陽佑:あっちが「君たち大丈夫か?」「お金足りてる?」って心配してくれて。
舞:どこで出会うの?
健佑:あきぎん(※秋田銀行)のビジコンのときに、「すごいおもしろいことやってるじゃん、ご飯いこう」って誘われて。でも、ビジコン出るまでは、自信なかったんですよ。東京ですごいベンチャーとかスタートアップとかいっぱい見てきたんで、「自分たちはなんてちっちゃいことをビジネスにしてるんだろ」って、あまり外に出たくないなって思ってたんですよ。
舞:そうなんだー
健佑:あきぎんの人と会ったりして、人紹介してもらったり。そこから、いろんな人に助けてもらえるようになった。
陽佑:いまになったら思うよね、最初からちゃんとメディア露出とかしてたほうがよかったし、知ってもらうって大事なことだなって。当時は全くそういう気はなかったので、出れば出るほど恥ずかしいみたいな。
健佑:「あいつらちっちゃいビジネスやり始めたんだ」って、そう思われたくないっていう気持ちがあったので。
陽佑:最初はお金もないからスケールできないなって思ってたんですけど、そういう人のつながりで一気に伸びるチャンスがあるんだなって。助けてくれる人もいっぱいいるし。
雄太:秋田でも、人のつながりから一気に伸びるチャンスが有るというのは、沢山の人を勇気づける言葉だと思います。本日はありがとうございました。
健佑&陽佑:ありがとうございました。

おわりに

大館の「若手のホープ」、"ヘラクレス兄弟"こと石田兄弟のインタビューをお届けしました。
おふたりとも、人生の経験値がとにかく半端じゃないのですが、その経験値は、彼らの行動力に裏付けされたものであるなと、改めて圧倒されたインタビューとなりました。
「社会的意義がないとスケールしない」という言葉がありましたが、常に挑戦するだけでなく、"スケールさせるんだ"という意識で望んでいるところも、地方で事業を立ち上げるにあたっては意識を強く持たなければならないなと、インタビュワーの私達もハッとさせられる場面でした。

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