鏡リュウジ『タロットの秘密」


霊感など皆無の私ですが、「TAROT of the Witches」と呼ばれている1組のタロット・カードを自宅の机のなかに忍ばせています。購入したのがいつだったのかは既に忘れてしまったのですが、このカードを選んだきっかけがキング・クリムゾンと007だったことははっきりと覚えています。

キング・クリムゾンは1969年に『クリムゾン・キングの宮殿』でロック・シーンに衝撃を与えたイギリスのプログレッシブ・ロックを代表するバンド。現在に至るまで、何度もメンバー・チェンジを繰り返しながら活動しているのですが、私が彼らを知ったのは、中学生のときに70年代までの活動をまとめたベスト盤を手にしてからでした。『新世代への啓示』というものものしい邦題のついたそのアルバムは奇妙なデザインのイラストが使われていたのですが、私に強いインパクトを与えたのは表側ではなく、裏側に描かれた涙を流している地球のイラストでした。

そのときはタロットのことまで考えが及ばなかったのですが、それから数年度たまたまTVで放映していた『007 死ぬのは奴らだ』を観たときに、タロットを意識するシーンがありました。敵側についていて、タロット占いで未来の予測をするボンド・ガールをロジャー・ムーア演じるボンドが口説く場面がそれです。ためらいながらもボンドに惹かれていく彼女に対し、ボンドが切り札として使ったのがタロットでした。好きなカードを取るがいい、と彼女に引かせたそのカードはずばり「恋人」。体を重ねる2人。ボンドの手からカードが滑り落ちます。そのカードはすべて「恋人」でした。今年の再放送で改めて見直すまで、ストーリーよりもこのシーン(とポール・マッカートニー&ウイングスによる主題歌)ばかり覚えていたのですから、よほど印象的だったのでしょう。

そして種村季弘や澁澤龍彦によってタロットに少し興味がわいて、1つくらい持っておきたいと思って探したとき、購入の直接的な動機となったのが「死ぬのはやつらだ」で使われたのと同じデザインということでしたが、さらに開封して「世界」のカードのデザインが、キング・クリムゾンのアルバムで使われていたものと同じだったことを知ったときの驚きといったらありません。これを手に入れたのは、大げさですが「運命に導かれた」ものだったのでは?と当時は思ったものです。とはいっても、その後自分で占いを試みたことはなかったのですが・・・。

前置きが長くなりましたが、本書は私のようなタロットのデザインは面白く感じるけど、占いまではやろうと思わない程度の読者にも十分面白く読める内容になっています。鏡リュウジさんは、占星術関連を中心に多数の占いに関する著書を刊行していますが、ことさらに神秘的な面を強調したり、科学的世界観をやみくもに否定することはなく、歴史やユング心理学への深い学殖を基に、現代人にとっての占いが持つ意義を多面的に考察されているので、一般の読者にも受け入れやすいものになっているのです。

本書もそうした鏡さんの長所が存分に発揮されていて、単なる占いのハウツーには終わっていません。タロットの誕生から興隆までの歴史を辿ることでタロットはオカルト的なものでないことを示し、一枚一枚の解説にも歴史的・図像学的手法を駆使した上で、実際に占いをする際のリーディングのヒントを記している、たいへん中味の濃い一冊となっています。タロットを鍵として読み解くヨーロッパの精神史でもあり、ユング心理学やキャンベル神話学の恰好な入門書でもある本書は、あとがきで鏡さんが述べているように、まさに「たかが占い様と軽視されがちなカードの中に、これほど豊かな広がりのある宇宙が存在していること」を余すところなく伝えています。

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