鏡のない世界で  4.5

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茶色い体毛。
黒目がちな瞳。
突き出た鼻。
大きく立った2つの耳。
そして、首には薄いピンク色の首輪。

そこには骨型のチャー厶に僕の名前。
鏡に映った僕の姿は、僕が見ている杏奈のそれとは随分違っていた。

あぁ、そうか。
だから、声が出ないんだ。
だから、杏奈には彼氏ができたんだ。

思えば、全部“そう”だった。

玄関にある靴は一足。
朝食のお皿も、マグカップも、洗面台の歯ブラシも。
テイクアウトのカフェラテも、夜食のプリンも。
すべて1人分だった。

いつも見ていた杏奈は、見上げる角度だった。
僕の視界が、テーブルと同じ高さだった。
鏡のない部屋で、杏奈と2人きりで暮らす世界で、
僕は、自分が人間だと、信じて疑わなかった。
杏奈はいつも、普通に話しかけていてくれていたから。

馬鹿だ、僕は。
自分の無知が、甘さが、痛いほどのしかかる。
杏奈は僕を、裏切ったわけじゃなかったんだ。

杏奈。
ごめん。
ちゃんと自覚していれば、こんな事にはならなかったかもしれない。
変な嫉妬などせず、寄り添って、慰めて、思いつめるのを止められたかもしれない。
もしかしたら、付き合うことすら止められたかもしれない。
方法はわからないけれど。
後悔ばかりが思考をかき乱していく。

駄目だ、大事なのはそこじゃない。
後悔も懺悔も後でいくらでもすればいい。
今はもうこれ以上、失いたくない。

僕を置いていかないで。
いつでも話を聞いていたじゃないか。
ありがとうって言ってくれていたじゃないか。
変わらないから。
これからも僕は杏奈だけだから。
だから。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。 お心添え感謝しますっ。精進していきます!