鏡のない世界で  4.1

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マンションと道を挟んで南向かいに公園がある。
鉄棒やブランコといったアスレチックが無作為に並び、ちょっとした池もある、少し大きめの街区公園だ。
昼下りには園児たちが、まだ有り余る体力を全力で開放し、宵のうちは学生が、ここまでは聞こえない声で談笑を行う。
独りでいる時は1日に何度か、ベランダで寛ぎながら眺めるのが、杏奈以外で唯一と言っていいほど、他者との交流だった。
どの季節でも楽しめるよう、様々な木々で彩られている中で、この時期の銀木犀が好きだ。
クリスマスツリーにのせる綿のように、木々をまだらにする白い花が朝陽で銀色に光る様は幻想的で、このひと時を大事に味わうのが楽しみだった。

今年の銀木犀は豊作だななんて呑気に思い、土曜の夕方をのんびり過ごしている。
時の流れとは不思議なもので、この違和感だらけの相関図に置かれた自分の立ち位置を、僕の心は器用にも受け入れ始めていた。
ごく当たり前の日常のように流れる中、僕はまだこの部屋に居て、憤懣も凪になろうとしていた。

深みの出た夕日が沈むのを眺めていると、背後から軋んだドアの音がした。
振り返ろうとして、違和感を覚える。
ただいまの声がしない。
軽い違和感を引きずったまま振り返ると、今まで見たことのない顔をした杏奈が、ドアにもたれ掛かっていた。

青白い顔に充血した眼、頬は涙を何度も拭ったのだろう、化粧が取れ赤みを孕んでいる。
恐る恐る、杏奈の視界に入るまで近づいていく。

僕を一瞬だけ見た彼女は、膝から崩れ落ち、眼球からこぼれる大粒の涙で瞬く間に床に水溜まりができていく。
押し殺しきれず漏れる嗚咽が、部屋の中を力なく漂う。
日没も重なって、辺りが急に暗闇に包まれたようだった。
俯く彼女のつむじを見つめるだけで、僕はしばらく動けなかった。


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