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ケーキ屋さんになれるのは今だけかもしれないから

「最初の投稿は自己紹介のようなものがよい」とnoteが言ったので、はてどうしようかと考えた。こんな話をしたいと思う。

あなたはケーキ屋さんを将来の夢にしたことがあるか?

これはケーキ屋さんを将来の夢にしたことがなかったわたしがケーキ屋さんになってみた思い出の記録である。


誰しも1度は耳にする、「将来の夢はケーキ屋さん」。

体感として、本当に職業として目指す人が多いわけでは決してない。が、「ケーキ屋さん」というおみせに人を惹きつける力があることをそのフレーズは示している。

わたしはケーキづくりを勉強したことはなかったし、ケーキらしきものを焼いたことなんて数える程しかないが、「ケーキ屋さんになったらどんなだろう」と夢想することはあった。

店に立ちこめる甘い香り、磨かれたガラスのショーケース、うつくしい模様のクリーム、ふわふわのスポンジ、魔法のような手さばきで素材をケーキに仕立てあげていくパティシエさん。その空間を作る側になることを想像すると、なんだか夢心地なのだった。

だからといってケーキ屋さんを目指すこともなく平々凡々と大学生をしていたわたしはふと思った。

「人生でケーキ屋さんになれる機会、もしかしたら今だけなのでは?」

何事にも遅すぎることはない。なせばなる。そうだろうが、トライするのにコストが低い時期は確実にあるだろう。年齢、これまでの専門分野、これから社会人になること、そういった要因を考えると今を逃せばケーキ屋さんの内側に入りこむためのコストが時間に比例して増大するのは明白だった。

けっして崇高な目標としてではなく、人生規模の打算から、「ケーキ屋さんになってみる」ことをわたしは決めた。


バイトとして入ったのは北の大地のちいさなケーキ屋さんだった。ケーキだけではなくパンも売っている店だったので、図らずもパン屋さんにもなることができた。パン派のわたしには1粒で2度美味しかった。お店に入った時の甘い香りはバイトとして嗅いでも良い気持ちだった。

ケーキ屋さんのショーケースに張り付きながら、「この中のどれでもひとつあげよう」ってお店の人が言ってくれたら何を選ぼう、と考えてどきどきするような子どもだったわたしは、ケーキを廃棄することの悲しさを知った。

賞味期限の切れた廃棄のケーキはいつも銀色の大きな入れ物にまとめて詰められている。モンブランも、ショートケーキも、つややかにコーティングされたハート型の苺のムースも、丸ごと1本のフルーツロールケーキも、店長が試作した新作のタルトも、蓋を開ければ廃棄されるのを待っていた。

ケーキにも腐って美味しくなくなる瞬間が訪れることを知った。廃棄はバイトで食べていいことになっていたから、一生懸命食べた。ケーキたちを捨てたくなかったからだ。バイトの大先輩は好きなケーキだけ一口食べて棄てるということにも慣れっこだった。わたしは最後までそれはできなかったが、ケーキは特別な食べ物ではなくなり、棄てることを割り切れるようになってしまった。

家族がいる店長も恋人がいるバイトも、クリスマスにはけっして休めないことを知った。クリスマス数日前は真冬の朝から大学を休んでケーキ屋に缶詰になり、ケーキの鮮度保持のため暖房のない作業場で指をかじかませながら何十パックもの苺のヘタを延々と切り落としたり、店舗で飛ぶように売れるホールケーキを補充するため、作り置きして倉庫に積み上げてある在庫から数個抱えては外の凍った雪道の上を急いでかつ慎重に歩いて店舗に運んだ。


パティシエがいつもにこやかな訳ではないことも、いい香りのケーキ作りではよくない香りの生ゴミが出ることも、ぴかぴかのガラスのショーケースはわたしの手で磨くということも、内側に入って初めて知ったことだった。 

でも、お客さんがお店に入った瞬間「わあっ」と嬉しそうな顔になることも、幼い子どもが親の誕生日ケーキを注文する電話を一生懸命かけてくることも、私が書いたケーキのお誕生日プレートに「ありがとう」と言って貰えるとこの上なく幸せな気持ちになることも、内側に入れなければ知れなかったことだった。

夢ではなかったけれど、仕事にすることも選ばなかったけれど、ゆめまぼろしみたいな場所だったケーキ屋さんのもっと夢みたいなところと現実、その両方を知ることができたのでケーキ屋さんになってみてよかったと思った。


2年前の春、わたしは就活を経て就職した。ケーキ屋さんとは似ても似つかないIT系企業だ。3年目になるこの春、やっぱりきちんと目指した訳ではなかったが、わたしの夢だったことのひとつを思い出した。 


「作家になりたい」


今日から、この記事から、あらためて書くことをはじめてみたい。作家になれなくていい。私の仕事は別にある。でも、形だけでも、ほんのかじりだけでも、作家になれるのは今だけかもしれないから。

ケーキ屋さんだった最後の日、店長からもらった私のためのプレートに勇気をもらいながら、これをはじめての投稿にする。

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