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Inner mirror

最近、月を見ていない。

毎朝ベランダに出て陽の光を浴びるのに、夜に空を眺めることはめっきり減ったように思う。
特に意識している訳ではないけれど、朝と夜のバランスが何となく取れていない気がする。


昇ってくる陽の光は、前に進む力をくれる。
日々かたちを変える月は、内面の写し鏡。

こう毎日が単調で、家族以外の人との接触が少ないと、心の振れ幅も極端に少なくなる。
だから、月の満ち欠けに自分の心を投影して移りゆく気持ちと向き合うことも、あまり必要ないのかもしれない。

『夏目君は、私の鏡だからね』  

ある映画の中の台詞を、時々思い出す。

まだお互いの夢が“夢“だった頃に出逢った二人。
先に芽が出たはずの彼女は、今は小さな劇団に身を置いている。
一方の彼はトップミュージシャンになり、ある日突然、映画を撮ると言い始め、もう何年も表舞台に出ていなかった彼女に主演女優をオファーする。

狭窄な心だった自分が、先に売れた彼女を羨んで傷つけて、一方的に離れたことを彼は悔やんでいる。
自分のせいで、彼女は表舞台から消えた。
今なら、自分の力で彼女をまたスポットの当たる場所へ引き上げてあげることが出来る、と。

そんな彼に、彼女は『思い上がらないで!』と言い放つ。
『あなたの為に、私は役者を辞めたんじゃない。私はあなたが思うほど、弱くなんかないんだよ』

ラストシーンの長台詞で、二人は衝突する。
彼女は『私、こんな台詞言いたくない。馬鹿みたい』と演じることを拒否する。
それまでのシーンは自叙伝のようなもので、二人の過去をなぞるような作りだったから違和感なく演じられた。
けれどもラストシーンは、実際には起こってないこと、完全に彼が創り出したフィクション。

最後まで演じられなかったそのシーンの台詞は出てこなかったけれども、きっと彼が書いたのは自分が彼女に言って欲しいと願う、自分に都合の良い、彼女の本心を全く理解していない台詞だったのだろう。

色々あって中断されていた撮影が再開したとき、彼女が台本に書かれた台詞ではなく、自分の言葉で紡いだ想いを、そのまま彼は撮影する。
そこで彼女が最後に言ったのが、冒頭の言葉だ。

あの時伝えられなかった言葉も、聞けなかった言葉も、傷つけた後悔も、推し量れなかった本心も、会えなかった何年もの間の想いも、全て時間が優しく包んでくれた、と。

“鏡“と向き合う時間を、この映画を観てからずっと大切にしてきた。
大切な人や、ものや、想い。
でもそれは、フィジカルに触れたり、話したりすることで生まれる時間だったのかもしれない。
世界がこんな状況にならなかったら。
きっとそんな簡単なことに、私は気付けなかった。

せめて今は、心の鏡を磨いておこう。
また外に出られるようになった時、曇りのない自分でいられるように。


※写真は月ではないけれど、いつかの清正の井。



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