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行政とスタートアップはなぜ交わらないのか【1. 序論】

要旨

スタートアップは、その魅力的なサービスを通じて、多様な社会課題に機動的に対処できる潜在性を有している。

スタートアップ単独で価値を出すことのみならず、行政と二人三脚でプロジェクトを協創していくこと、現在の行政サービスの一部を代替していくこと、行政サービス自体の質を向上させること等を通じて、よりインパクトの大きい社会課題解決を実現しうる。

他方で現実は、行政機関とスタートアップの間には、大きな溝があるように感じる。派手な協業プレスリリースを打っていても、内情を聞くと実際には何も進んでいない、最初は進んだが頓挫してしまっている、というケースが驚くほど多い。

なぜか?

私は、経済産業省に12年在籍した後、スタートアップのfreeeに4年在籍した。その経験を通じて、その溝の正体がおぼろげながら見えてきたように思う。

行政機関とスタートアップの間に横たわる溝を、①組織カルチャー、②組織のインセンティブ、③個のインセンティブ、④組織フェーズ、の4つの要素で分析し、考え得る処方箋を示していきたい。

序論

(1)スタートアップと政府支援の超概観

行政がスタートアップ支援を掲げて久しい。

1963年の中小企業投資育成株式会社の創設、1983年のJASDAQ創設、1999年の東証マザーズ開設、2001年に経産省が掲げた「大学発ベンチャー1000社計画」や、それに紐づく中小企業技術革新研究プログラム(SBIR)等の資金支援、数々の規制緩和。

この頃に誕生したのが、楽天、GMO、サイバーエージェント、DeNA等の所謂IT系メガスタートアップである。(もちろん、政府の支援のお陰でこれらのスタートアップが生まれた、と言えるほど因果関係は明確ではない。)

2010年代には、特段目立った政府の支援があった訳ではないが、私の古巣であるfreee、そしてMoney Forward、SanSan、メルカリ、ビズリーチ等の新興ベンチャーが台頭してきている。

そして、岸田内閣は2022年を「スタートアップ創出元年」とし、イノベーションの鍵となるスタートアップを5年で10倍に増やすと宣言しており、以下のような様々な支援策を講じている。

            出典:METI Startup Policies ~経済産業省スタートアップ支援策一覧~

(2)スタートアップによる社会課題解決

スタートアップ支援の歴史を概観した上で、「行政がこれだけ支援してるのに、なぜGAFAMクラスのスタートアップが生まれてないんだ?」「政府支援がイケてない、足りてないのではないか?」「いや、そもそも日本のビジネスパーソンのチャレンジ精神が乏しくなったのではないか?」といったよくある議論は、今回はスコープ外としたい

スタートアップの本質は多様性であり、上記のような「日本企業が世界を席巻するべし」という価値観は、スタートアップの持つ多様な価値観のうちの1つに過ぎず、それを究極の目的とするような議論は、課題設定において多くのスタートアップを排除しているように感じるからである。

私が注目したいのは、スタートアップ的プレーヤー(※)による課題解決手法の社会実装であり、その実現のためにできることは何か?である。(社会課題を解決するというミッションは、多様なスタートアップの価値観の上位概念、最大公約数として存在するものであると考えている。)

世の中の変化のスピードが早く、価値観も多様になっている現代社会において、行政のような単一のオーソリティが多様な社会課題全てに対応することは難しくなっている(組織や個人の能力の問題ではなく、構造の問題として)。

その中では、機動的に多様な社会課題をビジネス手段を駆使して解決できるスタートアップ的プレーヤーにこそ、この閉塞感を打ち破る未来があると信じている。

(※)ここで私がスタートアップ「的」と呼ぶのは、世間一般のスタートアップとは、VCから資金調達をして倍々ゲームで売上を伸ばす企業を差すことが多いのに対して、私はスタートアップ的な機動性、企業文化、従業員のメンタリティを持つ企業を、広義にスタートアップと捉えているからである。今後は、広義な意味での「スタートアップ」という言葉を使う。

(3)スタートアップが社会課題にチャレンジする際にぶち当たる壁

①:金の問題

他方で、現実はそれほど甘くない。

まず第一に、社会課題解決の多くは、金にならない。スタートアップのビジネスが社会課題を解決している!という事例をTVやネットのニュースでよく見かけるが、これは社会課題の氷山の一角に過ぎない。感覚的には、100万ある社会課題のうち1000くらいの利益化できるマージナルな部分を、スタートアップがビジネス化しているものである。

35兆円の社会保障、7兆円の公共工事、5兆円の防衛予算、3兆円の生活保護。政府を解体して、これらの役割全てをスタートアップ的なビジネスで置き換えることは、当面は不可能であろう。(100年後には、成田悠輔さんが「22世紀の民主主義」で構想されているような、政治も行政もアルゴリズム化されているような世界になるのかもしれないが、今回はもう少し短いスパンの話にフォーカスする。)

大事なことは、「100万ある社会課題のうち1000くらいの利益化できるマージナルな部分」を1万や10万にしていくこと(損益分岐点を下げるための資金支援等)。そして、どうしても行政がやらなければならない社会課題解決を、スタートアップが効率化、迅速化、多様化といった側面で補完していくことである。


スタートアップによる社会課題解決と行政サービス

②:規制の問題

加えて、規制の問題が立ちはだかる。社会課題解決の領域は、公共性が高ければ高いほど、様々な規制が存在する。規制自体は国民の便益を守るために必要不可欠なものであるが、その多くは数十年前に作られており、スタートアップ的なプレーヤーの参画を想定したものではない(創薬、自動運転、決済、web3、政府調達等々、規制の例を挙げると切りがない)。

この点においても、政府とスタートアップの二人三脚による規制改革の議論が欠かせない。

③:慣行の問題

そして、現実的に最も大きな壁になっているのが、行政や国民に根強い慣行の問題である。行政サービスの一部をスタートアップに任せる、行政実務にスタートアップサービスを取り入れる、行政とスタートアップが協業する、といった場合、それ自体を規制する法令があるケースは、実は多くない

行政側の「前例がない」「変なリスクを取りたくない」「カルチャーが違い過ぎてご一緒できない」といった慣行、国民の「聞いたことのない会社のサービスは使いたくない」といった慣行によって、実際問題としてスタートアップが行政と一緒に何かをすることが妨げられることは多く、ここも、相互理解の深化が欠かせない。

(4)行政とスタートアップはなぜ交わらないのか

これまで述べてきたように、スタートアップによる社会課題解決を大きなトレンドにするためには、行政とスタートアップの相互補完関係の構築、二人三脚でのアクション、相互理解の深化が欠かせない。

しかしこれは、とても難しい。なぜか、うまくいかないケースが多い。表向きは協業が進み、派手なプレスリリースを打っていても、内情を聞くと実際には何も進んでいない、最初は進んだが頓挫してしまっている、というケースが驚くほど多い。

なぜか。行政とスタートアップの間には、何か得体の知れない溝があるのだろうか。感覚的には、ある気もする。しかしそれは、企業文化の問題なのか?目指すものが究極的には異なるからなのか?それとも、構造的な問題なのか?

ネットで検索すると様々な論考があるが、どちらか一方の立場からの意見ばかりだ(行政側からすると、スタートアップはテキトウすぎる、信用ならない的な意見が多く、スタートアップ側からすると、行政は遅い、保守的、金にならない的な意見が多い)。これだと、問題の本質が見えない。

私は、経済産業省に12年在籍した後、スタートアップのfreeeに4年在籍した。その経験を通じて、この感覚的な溝の正体が、ぼんやりながら見えてきた気がする。現在私は、「スタートアップと行政を繋ぐ」ことをミッションに会社を経営しているが、そのミッションを言い換えるならば、この行政とスタートアップの間にある溝の正体を明らかにして、少しずつでも埋めていくことである。

この溝を因数分解すると、①組織カルチャー、②組織のインセンティブ、③個のインセンティブ、④組織フェーズの4つに分解できるように思う(連載を続けるうちに、要素が追加・削除・再編される可能性もありますのでご容赦ください笑)。

このnote連載では、この溝の4つの要素の詳細を、1つ1つ明らかにし、処方箋を示していきたいと思う。

次回は、①カルチャーギャップから生まれる行政とスタートアップの溝について、深堀りしたい。


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