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小説:見える人 6-3

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 翌日の朝はそれまでよりも激しくうんざりさせられた。背筋を伸ばした篠崎カミラの横には小林が立っている。二人して待ってたわけだ。

「な、こういうのって高校生みたいじゃねえか? 仲良しでご通学って感じだ。カミラちゃんもそう思うだろ?」

「はっ、はい。そ、そ、そうですね」

 小林は顔の半分で笑ってる。しかし、もう半分はいらつきをあらわしていた。器用な男なのだ。

「あっ、あの、そ、それで、さ、佐々木さん、き、昨日、お、お、お話、し、したことなんですが、」

「どの話だよ。いろいろ話したろ?」

「あっ、あっ、」と聞こえてる間に「ふうん」と声がした。

「日曜にいろいろ話したのか。会って? それとも電話?」

「あっ、あの、で、で、電話です」

「へえ、いいねえ。俺なんかしつこくラインしてるのに全部シカトだぜ。こいつはカミラちゃんみたいなかわい子ちゃんにだけ愛想良くするんだよ。大親友は無視するってのにな」

「あのな、先週来たのは全部返しといたろ」

「まあな。でも、むちゃくちゃ短かったぜ。俺は短篇小説くらい書いたってのによ。カミラちゃん、コイツは冷たい奴なんだよ。あまり仲良くし過ぎない方がいい。傷つくことになるからな」

 お前は乙女か。なんでそんなことで傷ついてるんだよ。だいいち合コンに誘うだけで短篇小説くらい書いてくるのがおかしいんだ。

「で、」と僕は言った。溜息は自然と洩れてくる。

「なんの話だっけ?」

「あっ、す、す、すみません。え、ええと、は、母と、お、お、お会いになった、ほ、方が、い、いいという、お、お話です」

「お母さんに会う?」

 立ちどまり、小林はまゆをひそめた。

「どうしたんだよ」

「お前、カミラちゃんのお母さんに会うんだろ? そこまで話が進んでるってことか?」

「そこまでってなんだよ」

「なんだって言われてもな。そういう段階までいってるってことだろ?」

「あのな、そういう話じゃないんだよ」

「じゃ、どういう話なんだよ」

 僕は髪を掻き回した。最近こういうのが多すぎる。なんでたびたびセットをくずさなければならないんだ?

「ほら、言えよ。なんでお母さんと会うんだ?」

「相談したいことがあるんだよ。彼女のお母さんは相談を受ける仕事をしてるんだ」

「相談? なんの?」

「ちょっとしたことだよ。けっこう重要で、だけど、ちょっとしたことだ」

「なんだそりゃ。まるでハゲと一緒だな。まったく要領を得ねえ。でもよ、きっかけがどうであれ、そうやって親御さんと会ったら、」

 言いかけた顔はげんそうなものになった。「きっかけ」に反応したのだろう、彼女は頬を染めている。

「で?」

「ん?」

 鏡にはぶっちょうづらが映りこんでいる。僕は毛先を整えていた。

「なんだよ」

「いや、っていうか、その格好はなんなんだ? なんで変な感じにかがんでる?」

 あいまいな表情で僕はそれをやり過ごした。できる限り肩が入りこまないようにしていたのだ。

「ま、いいや。で、ほんとに行かないってのか? お前好みの子がわんさと来るんだぜ。他の連中は行く気満々なんだ。もちろん俺だってそうだ」

「ああ」とだけ僕はこたえた。

「それは、その、カミラちゃんとつきあうって決めたからか? それならそれでいいんだぜ。ちゃんと彼女ができたんならな。ただよ、お前はそう言わないだろ? なんで隠すんだよ」

「隠してるわけじゃないよ。それに、つきあうつもりもないしね」

「ほんとかよ。合コンには行かない、毎日一緒に通勤してる、日曜にも連絡取りあってる。まわりから見りゃ、つきあってるも同然だぜ」

 僕は肩をすくめた。どうしようかと考えていたものの面倒になったのだ。

「おい、なんなんだよ。どうした?」

 ネクタイを外すと小林は首を引いた。頬はゆがみまくってる。

「なんだってんだ? まさか突然そっち系になったんじゃねえだろうな。俺は嫌だよ。お前は親友だが、そっちの趣味はない」

 そんなのわかってるよ。それで両刀だったら完全に病気だ。ボタンを外し終え、僕はアンダーシャツをめくってみせた。

「はあ? なんだそりゃ。どうしちまったんだ?」

「わかるか? 手みたいに見えるだろ?」

「ああ、そう見えるな。でも、こりゃなんなんだ?」

「わからないよ。突然こんなのができたんだ」

 僕は服を戻した。ちらっと見たけど、指にあたる部分はまた伸びてきてるようだ。

「このことで相談しに行くんだよ。彼女の母親はそういうヤツの専門家なんだ」

「そういうヤツってのは、つまり、あっち系のか?」

「ああ、あっち系のだ。俺の周りではここのところ理解しがたいことがつづいてる。昨日はさらにひどかった。意味のわからないことがたてつづけに起こったんだ。放置しといたらマズいことになるかもしれない」

「マズいことってのは?」

 天井を見あげ、僕は溜息をついた。力は自然と抜けていく。

「きっと死ぬんだよ。『最悪の事態』って言われたけど、そりゃそういうことだろ?」

 まぶたは激しく瞬かれた。にわかには信じられないのだろう。まあ、そうであるのが正常だ。

「で、カミラちゃんのお母さんはお前を助けてくれるのか?」

「わからない。でも、死ぬにしたって意味もわからずってのは嫌だ。なにがこうしてるのか理解したいんだよ。それを聴いてから判断するつもりだ。もしかしたらそれがきっかけになって――」

 そう言ってると彼女の顔が浮かんできた。いつのまにか僕の中に居場所をつくりこんでいた不思議な女の顔だ。こうなったのは外側に起こったことが原因かもしれないし、そうでないのかもしれない。初めから決まっていたようにも思えたのだ。

「どうした? それがきっかけになったらなんだっていうんだ?」

「いや、」

 頭を振り、僕はこんなことを言っていた。自分でもわけがわからないまま言葉だけが出たのだ。

「いや、きっかけはもう至ってる。あとはそれを受け容れるかどうかってだけだ。そして、その準備はできてたんだ。――なあ、これはお前を親友と思ってるから言ってるんだぜ。混乱してるのはわかってる。それでもお前だから話してるんだ。俺の言ってることわかるか?」

 口を半開きにして小林は首を振った。目許には緊張があらわれている。

「まったくわからない。わからないけど、――うん、でも、わかった。お前は混乱してるんだな? ま、そんなのが突然できたらそうもなるよな。だけど、カミラちゃんのお母さんに会えばなにかわかるかもしれないんだろ? よし、とにかく会ってこいよ。で、なにかわかったら教えてくれ。絶対だぜ」

 僕はネクタイをめなおした。それから肩を軽く叩いてこう言った。

「ああ、教えてやる。絶対に」

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