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【シリーズ「あいだで考える」】戸谷洋志『SNSの哲学――リアルとオンラインのあいだ』の「はじめに」を公開します

きたる4月、創元社は、10代以上すべての人のための新しい人文書のシリーズ「あいだで考える」を創刊いたします(特設サイトはこちら)。
初回刊行は、
戸谷洋志『SNSの哲学――リアルとオンラインのあいだ』
頭木弘樹『自分疲れ――ココロとカラダのあいだ』
の2冊です(4月10日発売予定)。
 
刊行に先立ち、戸谷洋志『SNSの哲学――リアルとオンラインのあいだ』の「はじめに」の原稿を公開いたします。
 
『SNSの哲学』は、私たちの日常にすっかり溶けこんでいるSNSでのさまざまな現象(「ファボ」「炎上」「#MeToo運動」など)を、「承認・時間・言葉・偶然・連帯」という5つのキーワードのもとに哲学の視点から捉えなおし、SNSを使う私たち自身を見つめていく一冊です。
「SNSを使っているあなた自身は何者なのか?」という問いを深めながら、物事を哲学によって考えることのおもしろさと大切さを実践的に示します。

また、装画・本文イラストはモノ・ホーミー、装丁・レイアウトは矢萩多聞(シリーズ共通)が担当。「SNS」という異次元の世界の中に迷いこんでいく物語性のある絵の世界が、本文の世界と絡みあいながら展開していきます。
 
現在、4月10日の刊行に向けて鋭意制作中です。まずは以下の「はじめに」をお読みいただき、『SNSの哲学』への扉をひらいていただければ幸いです。

はじめに

 いきなりですが質問です。あなたはふだん、電車のなかで何をして時間をつぶしますか。
 窓からの景色をながめている、という人もいるかもしれませんし、車内の広告を見回してトレンドをチェックする、という人もいるかもしれません。もしかしたら、今まさに電車のなかにいて、この本を読んでくれているという人もいるかもしれません。
 しかし、きっと多くの人は、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)を利用しているのではないでしょうか。たとえば、Instagram、Twitter、LINE、YouTube、Tik Tok といったものです。スマホの画面にはSNSのアイコンがたくさん並んでいて、無意識のうちにそれをタップし、気がつくとそこに流れるテキストや写真や動画を眺めている──そうした人がほとんどではないかと思います。かくいう私もそのひとりです。
 SNSは私たちの日常のなかに「あたりまえ」のものとしてしんとうしています。少し大きな言葉を使うなら、SNSは私たちがそのなかに住む「世界」になっているのです。
 そうであるとしたら、この世界──つまり、SNSによって成り立っている日常は、私たちの人生にとってどのような意味を持っているのでしょうか。そして、その世界で生きている私たちのひとりひとりは、いったいどのような存在なのでしょうか。
 こうした問いを、「リアルとオンラインのあいだ」を行き来しながら考察することが、この本のテーマです。

 さて、そんなことを言われたあなたは、もしかしたらこの本がSNSの使い方に関するお説教を垂れるものだとかんちがいされたかもしれません。「SNSで知らない人と気軽につながってはいけない」とか「SNSでいじめをしてはいけない」とか、そういったことです。そしてそんなことは、もう耳にタコができるほど大人たちから聞かされてきたよ! と言いたい人もいるかもしれません。
 私も大人のひとりとして、そうしたお説教に意味がないとは思いません。しかし、少なくともこの本で私が書きたいと思っているのは、そうしたことではありません。あなたに考えてほしいのは、「SNSをどう使うべきか」といったマニュアル的なことではありません。そうではなく、SNSを使っているあなた自身が何者なのかという問いなのです。
 SNSが私たちの住む「世界」であるのなら、「SNSについて考える」ということは、「私たちが住む世界について考える」ということです。そして、世界について考えるということは、そこで生きている自分自身について考えること、自分自身を問い直すことを意味します。
 たとえば、もしかしたら、あなたはSNSを使うことに息苦しさを感じているかもしれません。そのとき、「だったらSNSなんか使うのはやめなさい!」というのがお説教だとしたら、この本が進めていくてつがく的な思考は、「なぜあなたはSNSに息苦しさを感じるのか?」ということを考えていきます。そしてそれは、「SNSに息苦しさを感じるあなたは、いったい何者なのか?」という問いでもあるのです。
 もちろん、あなたはそんなことをいちいち考えなくたって、SNSを使いこなすことができているかもしれません。しかし、「考えなくても使いこなせる」ということは、「それを理解している」ということを意味するわけではありません。SNSが私たちにとって日常的なものであるからこそ、かえって、私たちはSNSを、そしてそれを使いこなしている自分自身のことを、よく理解できていないのかもしれないのです。
 この本はSNSについて哲学的に考えます。しかし、その本当のねらいは、私たち自身が何者であるかを考えることです。この本を通じて思考を深めていったとき、あなたは、自分自身ともっと親しくなれることでしょう。

 最後に、一つ、お願いしたいことがあります。それは、この本に書かれていることを、ただ知識として吸収するだけではなく、「うーん」と頭をひねり、自分なりにあれこれ考えてみてほしいのです。「本当にそうかなあ」「自分の場合はどうかなあ」と、あれこれ思いながら読んでほしいのです。なぜなら哲学にとって大切なことは、えらい人が何を言ったのかということではなくて、自分自身の力で、考えを深めていくことだからです。
 私はこの本に書くことを、「考えなければならない」重苦しいものとして、あなたに提示したくはありません。むしろそれが、あなたのなかにねむる「考えたい」というこうしんを呼び起こすものであってほしいと願っています。楽しむ気持ちを忘れないで、生き生きとした探究心をたずさえて、どうぞ最後までおつきあいください。

 前置きが長くなってしまったようです。しびれを切らしているあなたの顔が目にかびます。そろそろ本題に移ろうではありませんか。
 「SNSの哲学」へ、ようこそ!

著者=戸谷洋志(とや ひろし)
1988年東京都生まれ。関西外国語大学英語国際学部准教授。専攻は哲学・倫理学。技術思想や未来倫理学を探究するかたわら、「哲学カフェ」の実践などを通じて、社会に開かれた対話の場を提案している。著書に『友情を哲学する』(光文社新書)、『未来倫理』(集英社新書)、『スマートな悪』(講談社)、『ハンス・ヨナスの哲学』(角川ソフィア文庫)、『NHK100分de 名著 ハイデガー『存在と時間』』(NHK出版)ほか多数。

〇シリーズ「あいだで考える」
頭木弘樹『自分疲れ――ココロとカラダのあいだ』「はじめに」
奈倉有里『ことばの白地図を歩く——翻訳と魔法のあいだ』「はじめに」
田中真知『風をとおすレッスン――人と人のあいだ』「はじめに」
坂上香 『根っからの悪人っているの?――被害と加害のあいだ』「はじめに」
最首悟『能力で人を分けなくなる日――いのちと価値のあいだ』「はじめに」
栗田隆子『ハマれないまま、生きてます――こどもとおとなのあいだ』「はじめに」
創元社note「あいだで考える」マガジン