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【シリーズ「あいだで考える」】坂上香 『根っからの悪人っているの?――被害と加害のあいだ』の「はじめに」を公開します

2023年4月、創元社は、10代以上すべての人のための新しい人文書のシリーズ「あいだで考える」を創刊いたしました(隔月刊;特設サイトはこちら)。

シリーズの5冊目は、
坂上香『根っからの悪人っているの?――被害と加害のあいだ』
です(10月17日頃発売予定)。
刊行に先立ち、「はじめに」の原稿を公開いたします。

『根っからの悪人っているの?』は、10代の4人の若者と、元加害者、被害者のゲスト、そして著者が行った全5回の対話の記録です。著者の映画作品『プリズン・サークル』をもとに、人はなぜ罪を犯してしまうのか、罪を償うとはどういうことか、被害の傷や痛み、大切な場所や関係性の欠落・喪失、その回復と修復、感情、対話の可能性など、「被害と加害のあいだ」をテーマに、自分自身を語るさまざまな言葉が交わされます。
ひとりひとりの具体的な経験と感情、思考から発されるそれらの言葉は、犯罪や暴力の被害・加害だけでなく、多くの人が日常的に抱える問題や関係性に活かすことのできるものであり、また、自分自身を見つめ直す大切な契機になるはずです。

装画・本文イラストは丹野杏香、装丁・レイアウトは矢萩多聞(シリーズ共通)が担当。丹野杏香の絵は、言葉で語られる世界をまた別の切り口から、感覚的に経験させてくれます。深まり、広がってゆく対話に合わせ、本文の配色やレイアウトも工夫しました。

現在、10月17日頃の刊行に向けて鋭意制作中です。まずは以下の「はじめに」をお読みいただき、『根っからの悪人っているの?』へのひとつめの扉をひらいていただければ幸いです。

はじめに

 本書の表紙から目に飛びこんでくるのは、「悪人」「加害」「がい」などのネガティブなワードばかりだ。暗い、重い、とパスすることだってできたのに、あなたは本書を手にとった。なぜか?
「犯罪者」っていったいどんな人たちなのか、興味をひかれたから?
「なんで悪人のかた持つのよ? 」ってムカっときたから?
 逆に、「サイテーなやつ」のことが、実は気になってる?
 いや、「自分のことが書いてあるかも」と思った人だっていると思う。

 理由は何であれ、あなたは本書を開いた。見えない境界線の前に立っている。
 向こう側の世界には、が円をえがいて並んでいる。
 その一つは、あなたの席。他者の言葉に耳をかたむけ、他者の痛みについて、またあなた自身の痛みについて考えていくための空間だ。
 あなたは、今、その境界線をえ、向こうの世界に足をみ入れようとしている。

 著者である私は、1990年代にテレビディレクターとしてスタートし、2000年代からは劇場公開のドキュメンタリー映画のかんとくとして、暴力の加害・被害をテーマに取材を続けてきた。取材やさつえいたいは、けい所や少年院など、いわば向こう側の世界であることが多い。最近はそうした場で、映像やアートを使ったワークショップを行うこともある。それらを通して私は、見えない境界線をかびあがらせ、その源をたどり、境界を飛び越えて向こうの世界とこちらの世界を行き来してきた。
 受刑者や少年らと接していて常に感じるのは、次のようなことだ。
 被害の経験が加害につながり、加害は新たな被害を生んで、暴力はれんしていく。
 暴力の連鎖は、いかにつことができるか?
 暴力にうばわれた希望は、いかに回復することができるか?

 正直に言うと、本書の話をもちかけられた時、ちゅうちょした。暴力や被害・加害をめぐる本は、すでにたくさん存在しているからだ。そこで、10代の若者と被害者側・加害者側の当事者との対話を思いついた。それぞれの経験や感覚を語りあうことで、新しい何かが生み出されるにちがいない。想像するだけで、ワクワクした。
 とはいうものの、対話を成立させるのは容易ではない。ましてや、ねんれいも背景もまったく異なる初対面の人々が、いきなり被害や加害をめぐって語りあうのだ。
 なやんだ末、対話を5回重ね、次第に深めていくことにした。筆者がファシリテーター(=司会・進行役)を務め、第2回〜第4回はゲストをむかえる。ゲストとは綿密に内容を検討し、ワークをじっせんした回もあれば、予定外の話題で盛りあがった回もある。毎回、ゲームなどのアクティビティも用意し、きんちょうをほぐす工夫もらした。
 本書は、そのような対話のリアルな記録だ。コラムや巻末の「作品案内」も参考にしつつ、あなたもこの場に参加しているつもりで読み進めてもらえたらうれしい。

 それでは、そろそろ席について、対話を始めよう。

『根っからの悪人っているの?——被害と加害のあいだ』
目次

はじめに

第1回 初めての対話
 『プリズン・サークル』を観て
 「わかりたい」と思うには
 「違い」に出会う

第2回 真人さんとの対話
 刑務所のリアル
 犯した罪をめぐって
 大切なものとサンクチュアリ
  コラム おすすめの音楽
 サンクチュアリが壊れたあと

第3回 翔さんとの対話
 感情に気づき、感情を動かす
 サンクチュアリをつくる
 自らの罪を語る
  コラム 感情をめぐるワーク
 聴く・語る・変わる

第4回 山口さんとの対話
 事件に遭遇して——山口さんの被害体験
  コラム 事件後の子どもとの関係性の変化
 少年の居場所
 少年と会う
 被害者と加害者が直接会うこと——「修復的司法」
  コラム 修復的司法の個人的な取り組み
 揺れていい

第5回 最後の対話
 4回の対話の感想
 根っからの悪人っているの?

おわりに

被害と加害のあいだをもっと考えるための 作品案内

著者=坂上香(さかがみ・かおり)
1965年大阪府生まれ。ドキュメンタリー映画作家。NPO法人out of frame代表。一橋大学大学院社会学研究科客員准教授。映画作品に『Lifers ライファーズ 終身刑を超えて』『トークバック 沈黙を破る女たち』『プリズン・サークル』(文化庁映画賞・文化記録映画大賞受賞)、著書に『プリズン・サークル』(岩波書店)などがある。

〇シリーズ「あいだで考える」
頭木弘樹『自分疲れ――ココロとカラダのあいだ』「はじめに」
戸谷洋志『SNSの哲学――リアルとオンラインのあいだ』「はじめに」
奈倉有里『ことばの白地図を歩く——翻訳と魔法のあいだ』「はじめに」
田中真知『風をとおすレッスン――人と人のあいだ』「はじめに」
最首悟『能力で人を分けなくなる日――いのちと価値のあいだ』「はじめに」
栗田隆子『ハマれないまま、生きてます――こどもとおとなのあいだ』「はじめに」
創元社note「あいだで考える」マガジン