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創作|②そらいろホットケーキ

そらいろホットケーキ

前回までのお話

前回までのお話は、下記リンクでお読みいただけます。


3.さとうとミルク、バターをまぜて

 おばさんは、嘘をつかない。

 おばさんは参観日にお母さんの代わりに学校に来たりしない。
「だってわたし、未来のお母さんじゃないから」
おばさんはきっぱりと言う。
「だから母の日も、似顔絵とか描かなくてけっこうよ。もし、おばさんの日っていうのがあれば喜んでいただくけど」

 そのかわり、おばさんは運動会にはすごいごちそうをつくって応援に来る。
 とりのからあげ、チーズの入った卵焼き、たこさんウインナー、のりを巻いたおにぎり、いなりずし、たくさんの野菜が入ったサンドイッチ。
「あら未来ちゃんのお母さん?」
なんてクラスメイトの母親に声をかけられると、
「おばです」
と、はっきりおばさんは言う。

「未来のおばさんはすげえ」
と、航太は言う。
 航太は幼稚園から一緒のおさななじみだ。最近少なくなったガキ大将タイプ、と、おばさんは航太のことをいう。サッカーが好きで、走るのがはやい航太。
 幼稚園のころは、わたしにお父さんとお母さんがいないことをからかって、わたしをさんざん泣かせたけれど、今ではもちろんそんなことはしない。

 泣きながら幼稚園から帰るわたしを、おばさんは抱きしめてよしよしとなぐさめたりしなかった。むしろ、こんな風に言った。
「いつも泣かされてばかりじゃなくて、たまにはけんかしなさい」
 ある日わたしはついに航太とおおげんかし、おばさんに報告した。おばさんは、よくやった、とうなずいて、それから、
「それじゃあ仲直りにうちに連れて来なさい」
と言った。
 次の日、わたしは航太を連れ帰り、おばさんは
「おばです」
と、航太に自己紹介をした。航太がどぎまぎしていると、おばさんは続けて、
「さあいっしょにホットケーキをつくりましょう」
と言った。うむを言わさない、という様子で。
 そしてわたしと航太は二人で、大きなボウルにいれた材料をまぜる作業をいいつかった。といた卵に、さとうとミルク、それからバター。交代で泡立て器を持ち、もう一人はボウルをおさえる係になった。

 航太のうちにはすっごく元気な母ちゃんがいる。お母さん、ではなくて、母ちゃんというかんじ。体が大きくて、声がでっかい。ごはんをいつもたくさん炊いて、ハンバーグとかしょうが焼きを、フライパンでじゅうじゅういためている。母ちゃんだけではない。航太のうちには三人の弟と、建築のお仕事をしている父ちゃんもいる。
「うちじゅう男ばっかでね」
と、航太の母ちゃんはでっかい声でいう。
「まるで動物園よ、未来ちゃんいつでも遊びにおいで」

 うちにいる唯一の男の人は、仏壇のおじいちゃんだ。
 仏壇といってもあの茶色い大きいやつではなくて、和室の角の小さな机の上にそういう場所がつくってある。
 白いレースの布をしいて、おじいちゃんとおばあちゃんの写真がおいてあり、その前に小さなコップにいれたお水と、小さなガラスの花びんにそこらへんでつんだ花がかざってある。それから、おまんじゅうやアメなんかがちょっと置いてある。
 時々、お線香代わりにと、おばさんは小さなお皿にいれたとんがり帽子の形のお香を焚く。そのお香は海の匂い、というやつで、お線香というよりなんかインドっぽくてあやしい、と私は思うけれど、
「いいの、好きなのを焚けば」
と、おばさんは言う。

 ある夜、夕ごはんを食べ終えてそろそろお風呂に入ろうかと思っていると、いつものようにお店の小窓がコトコト鳴った。私はいつもの通り、はーい、と言ったけれど、相手の人は、いつものありますか、とは言わなかった。その代り、
「デンポーです」
と、言った。
 デンポー? わたしがぽかんとしていると、おばさんが来て、
「お客さん?」
と、わたしに聞いた。わたしは首をふり、窓の外の人はもう一度
「デンポーです」
と、くり返した。
「デンポー?」
 おばさんが小窓をあけると、郵便局の帽子をかぶった人が立っていた。
「ナカタ サトコさんですね?」
と、郵便局の人は言い、おばさんがうなずくと、白い手袋がにゅっと小窓から入ってきて、その、デンポーというものをおばさんにわたした。
「デンポー、ナカタマリさんからです」
と、郵便局の人は言った。

4.フラワーシフターは歌う

《サトコ ミライ マモナクカエリマス マリ》

 デンポーは電報という字で、急いでお知らせする時につかうものだと、おばさんが教えてくれた。はじめて見た。
「マモナクっていつ?」
と、わたしはきいた。
「まったくそのとおり」
と、おばさんは言う。
「まりちゃんらしいね、これじゃなんにもわからない」

 お母さんが帰ってくる。
 わたしにはちょっと想像もつかなかった。お母さんが出て行ってから6年、大人にとっては少しの時間かもしれないけれど、わたしにとっては人生の3分の2の時間。
 お母さんが帰ってくる。
 そのことは、それからわたしとおばさんの毎日の生活にシールみたいにぴたっとはりついて、どうしても取れなくなった。学校にいるときもごはんを食べている時もテレビを見ている時も。
 おばさんもそうだったと思う。めずらしくホットケーキを焦がしたり、用意したたねが足りなくなったり、逆に作りすぎたりしているみたいだったから。

「いたずらかなあ」
と、おばさんは言った。
 茶の間で夕ごはんのあとのほうじ茶を飲んでいる時で、わたしは、忘れていた算数の宿題をあわててやっているところだった。

《問3、りんごが78こあります。13こ入るダンボールばこに、はこづめします。ダンボールばこは、何はこひつようですか?》

「いたずらってどういう?」
と、わたしはたずねる。
「そうだよねえ」
と、つぶやいて、おばさんはお茶をすする。
「いたずらでわざわざあんな電報うつ人、いないよねえ」
 そしてわたしたちはまた、しーんとしてしまう。わたしはしかたなく問題をとく。

《78÷13=6 こたえ、》

 コトコト。コトコト。
 お店の小窓が鳴った。わたしとおばさんはびくっとして顔を見合わせる。再び、コトコト。
「未来は、ここにいなさい」
と言って、おばさんは店におりてゆく。

《こたえ、6はこ》

 わたしは算数ドリルを前にしたまま耳をすませる。
「こんばんは、はい、三枚ですね、ちょっとお待ちください」
 おばさんの声が聞こえる。お客さんだ。ちょっとほっとし、ちょっとがっかりしてわたしは次の問題を見る。

《問4、あるカップには、4分の1キログラムのこむぎこが入ります。5キログラムのこむぎこが入るふくろをいっぱいにするには、このカップで何杯のこむぎこがひつようですか?》

「はいどうも、ありがとうございます、またお願いします」
 おばさんの声に続いてパタンと小窓が閉まる音がする。なのにおばさんは戻ってこない。お店はしーんとしてしまう。
 あんまりしーんとしているので様子を見に行こうかと思った時、カシャカシャカシャカシャという音が聞こえてきた。

 カシャカシャカシャカシャ、カシャカシャカシャカシャ。

 フラワーシフターの音だ。フラワーシフターというのは、粉をふるう、銀色のコップみたいな形の道具。
 カシャカシャカシャカシャ、カシャカシャカシャカシャ。
 取っ手のところを軽く握るようにして粉をふるう。楽しそうでわたしもやらせてもらうけれど、すぐに手が痛くなってしまう。

 カシャカシャカシャカシャ、カシャカシャカシャカシャ。

 おばさんは考え事をするとき、粉をふるう。そうすると考え事がはかどる、とおばさんは言う。

《あるカップには、4分の1キログラムのこむぎこが入ります。》

 カシャカシャ、カシャカシャ。

《5キログラムのこむぎこが入るふくろをいっぱいにするには、》

 カシャカシャカシャカシャ、カシャカシャカシャカシャ。
(お母さんが帰ってくる)
 カシャカシャ。
(お母さんがマモナク帰ってくる)
 カシャカシャカシャ。
(マモナクっていつ?)
 カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ。
 頭の中がカシャカシャでいっぱいになり、わたしはえんぴつをほうりだしてしまう。

to be continued
続きます…

この作品は、14年ほど前に書いたものです。
長らくパソコンの中に眠っていましたが、このたびnoteという場に出させていただくことにしました。
そんなに長いものではないので、数回(全5回を予定)に振り分けて、下記マガジンにまとめて参ります。
いつもの生活エッセイとは異なりますが、どうぞこちらもお付き合いいただけましたら幸いです。


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