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ワタシはアクマ?


「知らない方がいいこともあると思いますけど」
「探偵さん、あなた仕事が欲しくないの」

 尚美なおみはワタシにタバコの煙を吹きかけて言った。彼女のブラウスの隙間から見える胸の谷間を見た。EかF? ワタシは自分の貧相な胸を見てため息をついた。

「ここ1ヶ月仕事がなくてね。お腹をすかせていたの。まるで野良猫みたいに。お金になるなら、なんでもするわ」

 尚美は大きな瞳でワタシを見つめた。

「一流企業に勤めるあなたのプライベートな話を吹聴して回る犯人なんて、好意を寄せている異性。もしくは…」
「もしくは…?」
「いえ、断定はできない。ただ調査にはそれなりのお金がかかります」
「どれくらい?」
「1日3万円と必要経費、成功報酬として5万円」

 尚美はタバコを灰皿に押し付けて微笑んで言った。
「それくらい平気、お願いします。あとボディーガードもお願いしたいのだけれど」

 翌朝、ワタシは彼女の1LDKのアパートで、焼魚とサラダとご飯と味噌汁を作りがら、シャワー室から聞こえる尚美の鼻歌を聞いていた。

 雇われ探偵じゃなく、親戚のお姉さんみたいなやくまわりじゃない。食卓につきおいしいおいしいと言って笑う尚美の頬についた米粒をとり口にする。

 普段から感情に流されないように努めてきたけれど、尚美にはなぜか心をうごかされてしまう。どうしてだろう…

 洗面所に2本の歯ブラシ、ベランダには男物のトランクス、食器棚にあるキャラクターものペアの食器などからするにこう考えた。

『尚美は職場で付き合っていた男を他の女に取られ、悪い噂を流されているのではないだろうか』

 昨晩ワタシは彼女を寝かしつけたあと音を立てないように起き家探しした。タンスの中にワタシの名前が書かれた封筒(フキノ様へ8万円)があった。 

 ずるいなぁ

 思わずほほえむ。彼女を好きになる男の気持ちがにぶいワタシでもわかる気がした。尚美が出社したあとワタシは朝食でつかった包丁に細工をした。

 その夜、尚美が怪しいと言っていた部長のO夫と部下のA子が入った居酒屋の暖簾のれんをくぐった。二人がいる個室の隣のへやに腰を落ちつけた。

 枝豆、冷奴をおつまみに生ビールを飲みながら、二人の会話を聞いた。

「尚美さんと別れてあたしと付き合って」
「俺はあいつとそんな関係じゃないって何度いったらわかってくれるんだ」
「うそ。部長は尚美さんを悪魔みたいな女だって言った。魅力にやられたって」
「ちがう。悪魔みたいに冷酷な女だっていったはずだ」
「あのときはちがうんでしょ」
「……」
 O夫の舌うちがきこえた。
「尚美の代わりはむりだ」
「なんでよ」
「キミは純粋すぎる」

 パチンという音がして女の泣く声がした。無言がつづき店内の音楽がやかましく感じた。しばらくして二人は店を出た。べつべつのタクシーに乗った。

 ワタシはタクシーをつかまえ、運転手にA子の車を追ってもらった。15分ほど経った後、タクシーはうす暗いバーの前で止まった。

 この辺りしんじゅくでは有名なチャイニーズマフィアが経営している店だった。A子は何らかの対価を受け取っているプロに違いない。

 胸さわぎがして急いで尚美のアパートにタクシーを向かわせた。窓に灯りがついている。二人分の影。片方が片方におおいかぶさった。

 階段を1段飛ばしで駆けあがる。ドアを開け、ハイヒールのまま中に入った。足首がずきんといたんだ。悪いことがあるといつもここが痛む。

 足を引きずりながら廊下を歩く。 
 ドアをひらく。
 部屋の空気がよどんでいる。

 白々した蛍光灯の下の光景げんば

 床に転がっているO夫。さっきまで真っ白だったYシャツが赤く染まっている。その脇に放心した顔の尚美がうずくまっていた。

 黒いブラウスの胸ボタンが2つ床で白いひかり光をはなっている。それよりしろい尚美の肌がO夫のつめあとでピンク色のみみず腫れをつくっていた。

「悪魔みたいな女でしょ」
「そんなことないわ」
「さっきO夫はA子は天使だって言った。私は悪魔みたいだって」
「まったく逆なのにね」
「ありがとう」

 ワタシは彼女のことを救えなかった。探偵としてもボディーガードとしても失格だった。尚美は寝室に行ってもどり涙ぐみながら謝礼をわたしてきた。

 ワタシはそれを受け取ることはできなかった。ただ彼女を抱きしめることしかできなかった。ゆっくりと言葉をえらびながら尚美は言った。

「探偵さん、あなたお金が欲しくないの」
知らない方がいいこともあるのよテンシからおカネはもらえない


 あと何日、すきっ腹をかかえていることになるんだろう。尚美のアパートをあとにしたワタシは夜道にハイヒールの音を響かせながら思った。

 依頼人を好きになるなんて、ワタシはまだまだ探偵失格だ。包丁にはしかけがしてありO夫は死んでない。今ごろ二人は何をしてるんだろなぁ。

「あぁ、お腹すいたー!」

 ワタシは野良猫のように夜空に鳴いた。

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