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スタートアップが「エンタープライズセールス」をやるときの難しさと、大きな魅力

最近、「エンタープライズセールス」に力をいれるスタートアップが増えています。特にSaaSを提供するスタートアップは、満を持して大企業に営業をするぞ、というフェーズがいつかやってきます。

ただし、このエンタープライズセールス、営業としての難易度は相当高い。それゆえ、営業職として働く人たちのなかでは最高峰の職種とされています。

たとえば“ホリゾンタルSaaS”と呼ばれる、あらゆる業界で利用されるSaaS(勤怠システムなど)を扱っているスタートアップがあったとして、仮に営業が全体で50人くらいとすると、大企業を担当できるのはほんの数人でしょう。

社内の精鋭を集めて組成するチームが「エンプラセールス」なのです。

これから数回にわたって、スタートアップにおけるエンタープライズセールスの進め方について解説していきます。この記事では初回として、その定義と難しさについてあらためて考えてみたいと思います。

エンプラの定義は業界ごとにさまざま

まず気になるのが、「エンタープライズとは何か?」という問題です。イメージとしてはざっくり「大企業」だと思われがちですが、実際どうなのでしょうか。

といってもこれは「売り手の業界や商品によってまったく異なる」が正解となります。

例えば、売り上げ1,000億以上の企業をエンプラ営業のターゲットとしている会社もあれば、従業員数が500人以上を基準としている会社もあるので、どの会社にとっても共通な定義がないのが実情です。

ちなみにキーエンスのような製造業は、企業の持つ工場数で区切ったりもします。

そうなると、たとえば勤怠管理システムのSaaSを提供するスタートアップは何を基準にエンタープライズ企業を定義すればいいのでしょうか。

この場合は従業員数で区切るケースが多いです。その理由は、勤怠管理システムは基本的にすべての従業員が使うものだから。

その会社の従業員が全員使うということは、勤怠管理システムを導入すれば、全従業員のアカウントが発行されるわけですよね。アカウント数が売上に直結するので勤怠管理システムを販売したい会社にとっては従業員数が重要になります。

いずれにしても大手企業で、売り上げ、従業員数ともにかなり大きい会社がエンプラセールスのターゲットです。

エンプラセールスが花形と言われる理由

エンタープライズセールスとは、その名の通り「大企業向けの営業」のことですが、ではなぜエンタープライズセールスが営業職の花形だったり、多くの営業マンの憧れだったりするのでしょうか。

難易度が高いという「手段」の話もありますが、やはり取引を1つ決めると圧倒的に売上が大きいし、そもそもターゲットの数が限られるので失敗できない。エースを当てて確実に受注したいからです。

例えばエンタープライズセールスが1年かけて1件受注したとします。すると、そのたった1件の受注額が、例えばSMBチーム40〜50人の1年間の売り上げを超えることもあります。

ただ、もちろんリスクもあって、毎月コンスタントに受注できるわけではないので、半年やってもまったく結果が出ないこともあり得ます。なので、初めてエンタープライズセールスに挑戦するときは、それなりの覚悟も問われます。

そして実際に営業をやっている人たちがエンプラに憧れる理由としては、1件の受注単価が大きいことに加えて、そもそもの商談の進め方がめちゃくちゃ難しいというのもあります。

エンプラセールスはなぜ難しいのか

では具体的になにがどう難しいのか。いくつかの項目を挙げてみます。これらは実際にわたしが経験してきたものです。

1.問い合わせが少ない

エンタープライズセールスにおいては、見込み客からの問い合わせはほとんどないと考えたほうがよいです。エンタープライズ企業自体が世の中にある会社のなかでも一部なので、当然、問い合わせの数も圧倒的に少なくなります。

たとえば展示会に出展して2,000枚の名刺を獲得したとしても、そこに含まれるエンタープライズ企業の割合はせいぜい2割弱。かつ大企業の場合は部署がたくさんあるので、対象の部署に絞ると1割を切ります。

2.検討期間が長い

大企業の場合、見込み客の検討期間がめちゃくちゃ長くなります。なぜかというと、意思決定者となかなか会えないので商談をすすめることが困難だから。

たとえば僕がトヨタに営業したいとして、トヨタの社長にアポイントを取るなんてほぼ不可能です。トヨタはまさに日本を代表する大企業ですけど、それぐらいの規模だと、社長が商談に出てくることはまずない。

社長の次のポジションの取締役、執行役員、場合によっては本部長、事業部長、そこにたどり着くまでにかなりの時間が必要になります。

まず最初は一般社員から商談が始まって、次に主任も巻き込んで、課長も巻き込んで、商品によっては別部署の人にも確認しないといけないってなったりして、まるでドラクエです。いろんな人に会って、話を聞いて、別の人を紹介してもらい、また話をして…の繰り返し。

大企業ならではですが、関係者がとにかく多いために検討期間も長くなります。そして、そもそも誰が決めるかもわからない。決裁者を見つけるのにも時間がかかります。

3.予算に組み入れてもらわないといけない

「じゃあ進める方向でやりましょうか」となっても安心できません。その社内で稟議をまわしていただいたり、関係者が多いが故に稟議で棄却されないように根回しをする必要もあります。それに2〜3ヶ月かかることもザラにあります。

たとえば3月決算の中小企業と商談をした場合、3月頭に口頭合意がもらえたら3月中には受注できるでしょう。しかし、大企業だと口頭合意を得られてから受注できるのは6ヶ月後みたいなのことが当たり前にあります。

大企業は「予算組み」をきっちりやっています。たとえばいまは2024年度です。日系企業だと3月決算の会社が多いので、今年度は今年の4月から来年の3月まで。

この場合、大企業にいま提案してもなかなか今期中には決まらないんです。

なぜかというと、2024年度に購入する分の予算は、もう昨年の段階で決まっているから。通年予算は前年の秋から冬のあいだにはおおむね固まってるものです。

じゃあ今年1年は待たないといけないの?

そうです。今年は根回しの期間として使い、来期の予算組みに入ることを目指しましょう。そうしないと、どんなに良い商品でも決まることはありません。

ただ、1年間を通して予算を決める会社もあれば、上期と下期で予算を組み直す会社もありあす。場合によってはちょうどいまくらいの時期に下期以降の予算計画を作っているので、そこに組み込んでもらえたらラッキーです。

大企業では予算が明確に存在するということは、予算に組み込んでもらえさえすれば、その後の導入までスムーズに進むのか?

答えは「イエス」ですが、難しいのが、予算に組み込んでもらうまでに大量の関係者の合意を得る必要があるということ。合意を得た上で、ちゃんと予算に組み込んでもらうには、ある時期までにちゃんと社内のキーパーソンを押さえておく必要があります。

大企業はたくさんの人が関わってくるので、ひとつのことを決めるのにも時間がかかります。営業にとってはヒリヒリした日々を過ごすことが増えるでしょう。

4.個別カスタマイズの要望が多い

エンプラ営業をする上で、スタートアップがすごく苦戦する理由の1つに、個別カスタマイズのリクエストが多いことがあります。

すでに自社で別のツールを使っていたり、自社でつくったものを人力で運用してるケースもあるので、「それと同じことをできるようにしてくれ」という個別カスタマイズのリクエストが必ず出てきます。

スタートアップがプロダクトをローンチして、最初からエンプラを狙うことができないのは、いきなり大企業の要望に耐えうる高機能なものをつくれないからです。

スタートアップは小さく早く進めるスタイルが強みです。はじめはβ版で多少の機能は抜けてても最低限の機能さえあればローンチする。

となると当然、大企業は狙いたくても狙えない。単純な機能のほかに、セキュリティ面でも求められる基準に達しないことが多いです。

5.最後にどんでん返しもある

特にセキュリティ基準は大事なところ。ここは最後の最後に「大どんでん返し」につながることもあるので注意です。

じつは僕も昔、メガベンチャーにいたとき、とあるSaaSを導入しようとしたことがありました。

営業支援のツールだったんですが、仕様もバッチリで、トライアルもして、最後に「じゃあ契約しましょう」となったときに、情シス部門による最終のセキュリティチェックに通らなかったんです。

商談してからトライアルにかなり時間もかけたのに、最終的に導入できなかった。そこまで進んで最後にひっくり返ると、売り手の立場からするとすごくがっかりしたと思います。

それでも得られる果実が大きいのがエンタープライズセールス

ここまで書いてみると、なんでこんな面倒なエンプラセールスをやるんだ、と思えてきますが、やっぱり1件決まったときのインパクトの大きさは魅力です。

1件の受注で会社の売上が跳ね上がり、会社のブランディングにも大きく寄与します。

大企業が自社製品を導入したことについてプレスリリースを出したり、事例として取り上げたりすることで、製品を知る人も増えて、その魅力も増すという副次的な効果もあります。

BtoB企業のホームページを見ると、大手企業のロゴがたくさん出てきますよね。あの企業のロゴが今後の営業活動にすごく効いてくるんです。

売上だけでなく、会社と製品に信頼や安心をもたらすことができる。

エンプラセールスは営業冥利に尽きる、魅力ある職種なんです。



ちなみにエンプラ営業には「THE MODEL」的な営業プロセスはほとんど通じません。どんなやり方をすればいいのでしょうか。次回はエンタープライズセールスの実際の働き方について書いていきます。

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