エンタープライズセールスは一般的なSaaS営業とまったく逆のスキルが求められる
前回に引き続き、「スタートアップとエンタープライズセールス」をテーマに、今回はエンプラセールスの実際の動き方について。
特にSaaSスタートアップの営業においては「THE MODEL」がここ数年、定着してきました。要は営業プロセスの分業制です。
ほぼすべてのSaaS企業がこのTHE MODEL型の営業を導入していると思いますが、困ったことにエンタープライズセールスではこのモデルが効かないのです。
その理由はシンプルで、リードがほとんど取れないから。
THE MODEL型のプロセスでは、マーケティングが大量のリードを獲得して、そこからインサイドセールスがふるいにかけて、そして最後にフィールドセールスがクロージングしてきました。
しかし、エンタープライズセールスでは、そもそものリードが少ないので、モデルとしては真逆になります。
たとえば、大企業の一般社員や主任、課長になんとかお会いして、その方を起点に関係者を広げていき、成約につなげる。1人から風穴を開けて、広げていくイメージなので、THE MODEL型の絞り込んでいくプロセスとはまったく逆になります。
1人につき数社だけ担当し、深く入り込む
というわけで、従来の方法とはまったく異なるので、エンタープライズセールスの場合は、どこの会社を狙うかを最初に決める必要があります。
たとえばあるエンプラセールスのメンバーが2024年度に担当する会社は、この10社と決めるわけです。自社のソリューションがその業界に刺さりやすいとか、僅かでも勝ち筋が見いだせる可能性がある会社を、少ない情報をもとにピックアップします。
大企業にいる数千人の従業員の中から、まず1人とつながって、そこから少しずつ広げていく。これまでの営業とやり方が違いすぎて、最初はわけがわからないと思います。
いわばマグロの一本釣りみたいな、プロ職人の世界です。本当のプロは大海原でも鼻が利いて釣れますが、普通の人が行ったら1ヶ月海にいても1匹も釣れません。
そんなエンプラセールスの世界においては、とにかく相手の会社について誰よりも知ることがスタートになります。
プレスリリースやIR、中期経営計画などを読み込んで、その会社が注力していること、目指してるもの、いま抱えてる課題と、自社のプロダクトで解決できる部分を見つけに行くのです。
その会社のあらゆる情報を調べて、自社プロダクトが提供するソリューションと課題が重なるところを見つけて、そのロジックに基づいて狙うべき部署や人を特定していく。
こうやって考えると、おもしろい仕事ですよね。
そしてこれがエンタープライズセールスの難しいところですが、一般的に営業は「量と成果が比例する」と言われるのに対して、エンタープライズセールスは量をこなすだけでは成果が出ません。
トンチンカンな提案を何度もしていると、限られた数しか担当できない企業の窓口をいきなり潰しちゃうわけです。
ちゃんと準備をせずに行動量だけ重ねていくと門前払い、名前を聞いただけで会ってもらえないみたいなことにもなりかねません。
アカウントプランがなにより大事
じゃあエンタープライズセールスの営業は何をもって進捗評価をするのか。行動量をおいそれと増やすわけにはいかない。そうなると、大事になってくるのが、「アカウントプラン」がどのように更新されてるか、です。
アカウントプランとは、ターゲット企業のヒト、モノ、その他の情報すべてを記した営業計画書であり、営業にとっての地図のようなものです。
たとえば今年の4月から10社を担当すると決まったら、まずは初月にその10社についてのアカウントプランを作ります。最初は外部に出てる情報からそれなりのものをつくりあげます。
そこにはいくつかの部署名と主要人物の名前が描かれます。
実際に営業活動をはじめても、すぐ会えないことが多いです。それでも電話をしたり、DMを送ったりして、お話できたり、場合によっては軽く打ち合わせできたりしたら、その都度アカウントプランを更新します。
その様にして地図にいろんな情報が加わっていきます。最初は数人の名前しか書かれていなかったものが、次第に人数が増えていって、ほかの部署も明らかになります。
エンタープライズセールスは大量に電話をかけたり、毎日のように訪問したりはできません。そのぶん、担当する限られた会社がどんな特徴があるのか、解像度をどんどんをあげていくのが仕事です。
基本的に週単位で、アカウントプランがどれだけ更新されたかを見て、働きを評価されます。
そのため、「1週間活動したけど、何も変化がなかった」みたいなことも、往々にしてあります。
営業としてはすごく胃が痛いですよね。「今週は何も情報を更新できなかった」という事実が、自分の活動のすべてです。
ロジックだけでは売れない
自分のターゲットの会社が10社あるとして、たとえばその会社の人がイベントに登壇するとか、この会合には毎回顔を出すらしいとか、とにかく可能性があるところを全部くまなく探す。
これまで中小企業に営業してきた人がすぐに結果を出せるものでもないんです。スキルが全然違うんですよね。
それでも一般的には、中小企業向けの営業で成果を出した人がエンタープライズセールスに昇格していくことが主流です。
その中でも、事前準備をしっかりできたりロジカルな人、調査力がある人は適性があると言えます。
ただ、エンタープライズセールスの難しいところは、「ロジックだけでは売れない」こと。いわゆる営業でいうところの「接待」も必要です。
めちゃくちゃロジカルで、業界についても精通している、だけど全然面白くない、みたいな人はだめなんです。お客さんのタイプにもよりますが。
例えば、キーエンスはエンタープライズセールスであっても接待はしない決まりなので、正攻法で営業します。
キーエスのように商品力が強く、全ての営業のスキルが高ければそれでも良いでしょう。ただ、世のエンタープライズセールスはロジックと正攻法だけじゃダメで、そこにプラスして、人間力とか、接待とか、営業としての引き出しの多さがものを言う世界です。
スタートアップの営業はチャンス
最近、「エンプラセールスをやってる会社に転職したい」という営業職の方からよく相談を貰います。やっぱり営業をやっているといつかはエンプラに挑戦したい、と。
いまの会社では難しかったり、そもそもエンタープライズセールスのチームがない会社もあったりします。それはプロダクトがまだその段階に達していないからでしょう。
あるいはエンタープライズセールスのチームがあったとしても、上が詰まっていたり、ライバルが多くて、そのチームに入るのに4〜5年かかるみたいなケースもあります。
だったら違うスタートアップに転職して、1〜2年がんばってエンタープライズセールスになれるチャンスを掴もう、と考える人も若手の中にはかなりいます。
最後にもう一度言っておきたいのは、エンタープライズセールスは一般的なSaaS営業と違って、量を追求する営業ではないということです。質の高い提案と深い人間関係の構築が求められる、非常に高度な営業スキルが必要とされる領域です。
数をこなせば必ず一定の割合の成果が出るわけではなく、ターゲットを絞り込み、徹底的にリサーチし、戦略的に営業活動を進めていく必要があります。
そのぶん、1件の受注が会社の売上に大きく貢献する、やりがいのある仕事です。
エンタープライズセールスには難しさもありますし、それを大きく上回るおもしろさもあるのです。その魅力について次回も書いていきます。
次回はエンタープライズセールスにおける、具体的な営業手法や商談のやり方について解説します。これから顧客を広げていきたいスタートアップの方にお役に立てる内容になると思います。
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