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「昔から、、姉さんは俺達みたいな出来損ないを気にかけてくれていたんです。」
大男は喉の奥からしぼりだすような声で、低く丁寧な速度で言った。
「…ミカミネ!!」
途端に黙っていたクボが口を開き、目を見開いて隣の大男を睨み付ける。
突飛な声に陽菜とタチバナくんは一瞬体を強張らせた。
ミカミネ。。男はそういう名前らしかった。
彼は一度軽くクボと目を合わせてから小さく頭を下げて見せた。
鉄砲を構えられて命乞いをする熊みたいな潤んだ目をしていた。
そこからなにかの意思を汲み取ったのか、クボは見開いた目の力を少しだけ緩めると顔を戻し、大きな溜め息をひとつついた。
それは次に口にしようとしていた言葉達を押し込めて代替的に吐いた様な重みのある溜め息だった。
状況が掴めない陽菜が迷い目をカウンターに向けると、珈琲を飲み終えたりさが、何かの始まりを待つように前髪をいじりながらスツールをこちらに向けて見つめている。
「それは、、いったいどういうことなんだい?ミカミネ、、さん?」
ふわふわした場の空気をやさしくかきまわすような声で店長が言った。
陽菜も店長の声に同調するように改めてミカミネへ目を向ける。

「姉さん。。いいっすよね。話しても。」
詫びる様な声で問いかけるミカミネに、久保は口をへの字にしたまま腕組みをして黙っている。
ミカミネはテーブルに置かれたグラスを握ると、注がれていた水を一息に飲み干した。勢い余ってこぼれた水が口の端から細く流れる。
「俺は昔、桜浪会っていう組織に身をおかせてもらっていました。そこで世話になったんです。姉さんに。」
オウロウカイ。。陽菜は初めて聴く言葉に首を傾げる。しかし、なんとなく見聞きしていた事から裏社会の組織のようなものを咄嗟に脳内に想い描いた。
クボさんが、、そんな所に何故。。
「桜浪会・・とは?」
陽菜の思案を代弁するように、店長が体を少しだけ前のめりにして聞いた。
ミカミネは店長の問いに、はい。と応えてから改めて話しだす。
「元々は地域に根付いた自警団みたいなやつだったらしいです。ヨソから入ってくる妙な奴らをぶっとばして自分達の土地を守るみたいな。。詳しい事はよく分かりませんがかつては上に大きな組織みたいなものがあったらしく、そん時はヤクザとかと同じような類だったみたいです。まぁ、俺が世話になった頃には代替わりで姉さんが会の舵取りをしてて、組というよりは個人経営の更生施設みたいになってました。。俺、酒飲むと誰彼構わずに喧嘩ふっかけちまうもんで地元じゃ噂が広まってて、それである夜立ち寄った飯屋で姉さんと鉢合わせまして、、ご存じかと思われますが姉さんは武術はもう人並み以上の才があるもんですから俺みたいな図体のやつでも姉さんにはポーンと軽くやられてしまいましてね。その飯屋のガラス戸をぶっ壊して道路に投げ出されました。それからですね、、色々あって姉さんに連れられて桜浪会に入って、、人様に迷惑をかけずに自分を活かせる何かを探せって言われてきました。。」
ミカミネはそこまで話すと、空っぽになったグラスに口をつけた。
陽菜の隣で黙って話を聴いていたタチバナくんが目の前の様子を見て素早く動き、銀のピッチャーからグラスへ水を注ぎ入れる。
ミカミネはタチバナくんへ一瞥をくれると、注がれた水を一息に飲み干してから片手で短い頭髪をかいた。
「姉さんの言葉に、、ガキの頃のふわふわした夢を思い出して、そっから2年くらいでなんとかまっとうな道に踏み出す事ができました。世の中について知らない事が多くて色々と苦労も勿論ありましたが、毎晩飲んだくれて喧嘩ばかりしていた頃よりずっと自分らしい人生を生きているって感じられたんです。それから、会に居た他のやつらの後押しもあってしばらくしてから地元を出ました。俺みたいなどうしようもない奴でも頑張れば変われるって事を似たように燻ってる連中に見せたくて。燃えてました。。まあでも、人生ってのはずっとずっと昇り調子ってわけでもなく。。。」
「お前は大バカ野郎だ。」
黙って話を聴いていた久保が、溜め息混じりに言葉をこぼした。
ミカミネは、久保の言葉に打ちのめされた様に益々うなだれる。
「地元を出てしばらくした頃、、何をどうやったか居場所を古い悪友に嗅ぎつけられまして、、突然に相談を受けました。自分はいまある組織の中に属している。事情があって組の人間じゃない奴に運んでほしいものがある、と。。そいつぁ俺が桜浪会に入る前から悪い事で互いにもちつもたれつな関係だったもんで、、奴には古い貸しも幾つかありましたから、俺は一回きりという約束で奴の組織の運び屋を請け負いました。それで今度こそ完全に終わりにしようって。奴との繋がりも、過去の事とも。」
ミカミネは何度目かの溜め息をつく。
「すげー。。ハコビヤ、、って、、あの薬とかライフルとか運ぶ仕事すか?」
具合の悪そうに話すミカミネに向かって、映画の様な話の内容に興味津津とばかりに目を輝かせタチバナくんが勇み足に言う。
「何を運んだのかは俺も知りません。銃だったのかヤクだったのか。そんなことはどうでもよかったんです。そん時の俺は、とにかくこの件をさっさと終わらせて、自分がようやっと掴んだ陽のあたる日常に一刻も早く戻りたかったんです。そんな焦る気持ちが、冷静な判断を鈍らせていたのかもしれない。。」
ミカミネの話はコラフの店内の静けさも相まって殊更異質なものに感じられた。陽菜は、ミカミネの言葉のもつ落ち着きから語られた全てが嘘や作り話には感じられなかったが、現実にそんな世界を生きた人間と対峙しているという感覚がどこか曖昧でいて、なんだかもやもやしたものを拭えずにいた。
同じ空間にいるというのに自分だけが切り離された様に感じる。
陽菜はタチバナくんのように相手に言葉を向ける余裕もなく、黙ってミカミネの話に耳を傾けながら短い思案を繰り返していた。
「お前のそういう優しさに、漬け込む連中もいる。」
久保が再び口を開いた。
これ以上黙っているのが我慢ならないというような憤慨交じりの声だった。
「一回きり。一回きりのはずが、もう一回。あともう一度。次が最後、それがまた二度三度。頭じゃ分かっていても長い時間親しんだ裏の世界の空気にもう一度触れちまったのが駄目だった。気が着けば、またお天道さんへ顔向けできないほど後戻りしちまってる。お前が掴んだ新しい人生、おまえ自身でぶち壊してどうするんだ。」
ゆっくりと言葉を噛み締めるように話すと、久保は握り締めた拳でミカミネの太い腕を叩いた。
それは力強く叩きつけるというよりも、煮え切らない悔しさを投げつける様な覇気のない殴り方だった。普段の久保の飄々とした姿は、今目の前にはどこにも見受けられなかった。
陽菜たちは示し合わせたように黙ったままそれを見つめていた。
「こいつが手伝ってた組織は今市内で騒がれてる奴らと繋がってる。」
久保が言った。
「市内で騒がれているって、、もしかしてあの暴力団のことかい?」
店長が不安そうな顔で久保に問いかけた。
陽菜は数日前の新聞の見出しを、タチバナくんはテレビのカマキリ男を瞬間的に頭に思い浮かべた。
「わしは行くぞ。」
突然に久保は席から立ち上がると、全員を席に残したまま足早にコラフから出て行ってしまった。
陽菜達は久保が出て行ったコラフの入り口を眺めたまま、しばらく呆気にとられていた。
ドアベルの涼やかな音だけがしんとした店内に残り香のように響いていた。






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「えー、次です。昨夜午前0時頃、宮城県仙台市青葉区の喫茶店【胡蘿蔔-コラフ-】が全焼する火事がありました。警察と消防によりますと昨日午前0時頃、建物から煙が出ている、火事かもしれないと、付近の住人や通行人から通報がありました。火はおよそ4時間後に消し止められ、建物は全焼しましたが屋内に人はおらず、この火事による怪我人は出ていないとのことです。」


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ロクオンサレタ、メッセージヲ、サイセイ、シマス。
○ガツ○ニチ、ゴゼン。ゴジ。ニジュウ。ゴ、フン。デス。


新人、なんだまた寝ているのか。

どうやらもう待ったなしだ。
わしは行かなきゃならん。

店長には、謝っておいてくれ。
それは、わしのルーツが原因だ。
過去がわしを作るように未来もわしが作る
その為には、必要なことなんだ。


小説、読むことができなくて残念だ。
有名になってくれ。
そうすればいつかどこかで読むことができるからな。

それじゃあ。

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自費出版の経費などを考えています。