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サッカーはやめてしまったけれど その7・8【偏差値とスポーツ①.②】

夕暮れて少し薄暗くなったグランドに、サッカーボールを蹴る音と壁に当たる音が交互にこだまする。
韮山高校のグランドは狭く、野球部とサッカー部の練習場所が重なり、その間を陸上部が縫うように走っていた。また、龍城山という北条氏の山城があった丘と校舎に囲まれて、だから余計に音が響く。
他の部活も練習を終えてひっそりとしたグランドで、誰か居残り連でもしているのかと近寄ると、中学の同級生だった。

「ノブじゃんどうした⁉︎」

自分で蹴ったボールを壁に打ち当て、戻ってくるボールをキャッチする。そんな練習を繰り返していた彼は、韮山サッカー少年団の仲間の一人だった。時のアルゼンチン代表GK《ネリー.プンピード》に憧れ、物真似みたいなキャッチングフォームが妙にカッコ良かったのを覚えている。モノマネは上達の近道の一つ。だからといってじゅんいちダビットソンがサッカー上手いわけではないが…おっと、脱線。

中学を卒業して間もない頃だったが、久しぶりだったので話し込んだ。聴けば、ノブの進学した高校のサッカー部は不良のたまり場で、練習はしないし部室はタバコの喫煙所になっているという。誰も真剣にやらないからサッカーをやりたい人はどんどんやめていってますます練習が出来ず、こうして家の近所のグランドで一人ボールを蹴っていた、らしい。

ちょっと不憫に思った僕は、自分たちの部活への練習参加を呼びかけた。

「みんな気さくなヤツだから快く受け入れてくれるよ、GKも少ないから重宝するし。少し前までヨゴも混ぜてもらってたよ」

ヨゴ、というのはサッカー少年団と中学の二つ上の先輩で、他校へ進学したものの監督との折り合いが悪く、友人伝いに韮高サッカー部で時々一緒にプレーしていた友達。そういった土壌もあるので、先輩も同級生も間違いなく誰も悪くは言わない。そういう仲間達だ。ただ、高体連の規則があるから試合には出られない。それでも真剣にサッカーを楽しめる環境が用意されるだけでも、今よりはマシではないか。僕はそう考えていた。

「うん、ありがと、考えておくよ」

そういってノブは自主練を終えて帰って行った。僕は彼が来ることを心待ちにしていたが、そのまま何日、何ヶ月か経った。その後も彼が練習に来ることはなかった。つづく

僕から誘われたものの、結局来ることはなかったかつての仲間。自分の母校でない部活に気軽に入ってこれない気持ちは分かる。集団をベースに考えれば敵、あるいは異。いくら親しい友人が紹介してくれたとしてもだ。

推測でしかないが、思うに一番引っかかったのは《偏差値》なのだろう。僕自身には全く無かったその感覚、「勉強ができる、できない」で人間関係に対して臆する、あるいは遠ざける気持ちは多くの人にあるようだ。仕方がない側面もあるけれど。

そう思った時に、僕にとって一つの疑問が浮かんだ。

「どうしてサッカーの環境が勉強の偏差値で区切られるのだろう」

部活動が学校に付随した活動である以上、勉学の成績によって輪切りにされた《高校》という区切りの中でサッカーをやる以外に方法はない。とはいえ勉学の偏差値とサッカーの実力は必ずしも相関しない。三浦和良は中卒、本田圭佑だって大卒ではない。しかし、サッカーを偏差値で表したならば間違いなく80を超えている。学業に当てはめたら東大どころかケンブリッジやオックスフォードだ。そして、これはサッカーに限らない。全てのスポーツに言えることだろう。

今でこそサッカーならば民間のスポーツクラブがあるとはいえ、ほとんどの種目でユース年代のスポーツ環境を用意できているのは部活動だけだ。先の問題を解決して行く手立てとして、クラブシステムや社会体育へと僕を向かわせたのだが、この頃はまだ疑問符止まりだった。

それから25年後。僕はSMP(Snnday Morning Practice )というロードバイクの練習会を始めることになる。勉強の偏差値=学歴をはじめ、年齢・性別・出身地・職業・脚力…etcといった、ありとあらゆる、人と人とを隔てる壁を越えた練習会にしようと思った原点はここにある。

『壁』は人の心の中に潜むことだから、環境整備したところで解決出来るような簡単なことではない。齢を重ねた今だからそれは重々承知している。そのうえでなんとかできないものかな!といまだに思いを巡らせているのは、ノブやヨゴ、そしていつかの【勇気なき少年】だった自分のように、環境に恵まれなかった「サッカー少年」達のような気持ちを置き去りにしたくないからだ。

あれから32年が経つ。
心の奥底にあるグランドの暗がりで、サッカーボールが壁に当たり跳ね返る音が今もこだましている。ノブがボールを蹴ってはキャッチするその隣で、僕は言霊という名のサッカーボールを壁に向かって蹴り続ける。無力は承知で、その『壁』を壊したいと思いながら。つづく

#部活 #サッカー #社会体育  #SMP #勇気 #壁

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