檜垣澤家の炎上(レビュー/読書感想文)
檜垣澤家の炎上(永嶋恵美)
を読みました。新刊です。
初読みの作家さん。文庫書き下ろしにして、800ページ近い大作でしたが、一気読みでした。
ひとこと、感想としては――
次の朝ドラの原作、これで良いんじゃないでしょうか。
明治から大正の時代、横浜の商家を舞台にした――これはもはや「大河小説」と言って良いと思います。主要な登場人物の多くは女性。あらすじにもありますが、政略結婚、軍との交渉、一族の秘密など陰謀渦巻く時代に智略、謀略をめぐらせる女傑たちの物語です。
主人公のかな子は幼少期から大人社会を有利に立ち回るためのストイックさを存分に発揮します。地獄耳と呼ばれるほどに周囲の大人の会話から情報を聞き集め、そして、他人の「声色、顔色、腹の色」を見極めようと努めます。すべて困難な世を、境遇を生き抜くための知恵であり、術です。ときに、読者には酷薄とも映るかな子の思想や行動ですが、それもまた本作の魅力と言えます。
本作では、明治、大正時代の歴史的トピックスが物語の背景として描かれます。たとえば、それは海の向こうの戦争(欧州大戦/第一次世界大戦)であり、疫病流行(スペイン風邪)などです。こうした社会的な事変に翻弄され乗り越えていく当時の人々の様は、今も変わらずそれらに抗い向き合わざるをえない現代の私たちの姿の投影のようにも思えました。
さて、本作に「ミステリー小説」の看板を掛けて出版するのは商業的に好手なのだろうかと、読了後、個人的には考え込んでしまいました。純粋な歴史文学として書店に並べたほうが結果的により多くの読者の手に届くのではないかと。
確かに序盤で発生する変死事件の謎は物語への関心を牽引する大きな要素になっています。また、終盤の怒涛の伏線回収はまさに本格ミステリーにおける解決編さながらではあります。
しかし、それらを認めてなお、私は、やはり本作をことさらにミステリー小説であると強調することに抵抗をおぼえてしまいます。それほどにミステリー小説風の興味を用いた訴求に頼らずとも光る文学的魅力が物語全体に溢れていたからです。
朝ドラの原作にと上述しましたが、そうでなくとも映像化された本作をいつか観てみたいものです。未曽有の災禍の場面で幕を閉じる本作ですが、そのときには「続編」が書かれていることにも期待して――。
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