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【小説】ダルマ(rearranged)


  時刻は既に八時を回っているが四人はまだ制服姿で駅周辺をウロウロしていた。四人はこの駅の近くにある高校の生徒で、その高校もあまり評判はよくない。柄の悪い奴が多く、警察が学校に来なかった日はないのではないか、というレベルだ。

 とりわけ悪いのが竹尾雄伸だ。オールバックにした金髪。何を思ったのか、おもむろに入り、境内に生えていた花をむしり始めた。

「この神社あれじゃん。ダルマの神様を祭ってるって噂のあれ」

   連れの鈴木隼人が言う。さらにその彼女の高畑美優はスマホを取り出し、雄伸の悪行を動画で撮影し始めた。

「美憂―、どうせTikTokだろお?」

 動画に気づいた雄伸の行いはさらにエスカレートし、鞄を放り投げた隼人もそれに加わった。

「またアンチコメント来るわー」
「お前らもやってみろってんだ。こんな気持ちいのによ」

 そんな三人を傍観するのは、天海日向だ。唯一、髪を染めておらず、制服もほとんど着崩していない。高校でも成績はトップだ。

 優秀な彼女がどうして雄伸らと行動するようになったのか。それは、雄伸が日向に告白し、日向が断り切れなかったからだ。雄伸が暴力的なことは学校中に知れ渡っていたし、半ば脅迫な告白に口すら動かすことが出来なかった。とはいえ、雄伸は自分の彼女に手を出すことはなく、日向がいじめられそうになったら必ず助けには来てくれて、日向もその点は彼を信頼していた。

「そういやダルマの神様ってなんだ?」と雄伸は言ったが、調べるほど気にはならなかったのだろう、他の三人も興味を示さなかった。

   神社を出た。来た道を戻ろうと一歩踏み出すと、

「……神様を……汚す者……いずこ……」

 という声が背後から聞こえた。

「んだと、うるせえな」

 雄伸が振り返ると、目の前にいたのはただの小さな男の子だった。ボロボロの服を着て、髪も伸び放題で目を見ることができなかった。

「なんだ、ガキか。さっさと家帰れ」
「いずこ」

 男の子は雄伸の言葉を無視し、「いずこ」を繰り返す。

「お前、殴られてえのか……。ガキだからって手加減しねえぞ」
「待って」

 日向はその男の子に目線を合わせるようにしゃがむ。どうしたの、お父さんとかお母さんは? まずはそう尋ねるべきだと思ったのだ。

 両手で男の子の前髪を掻き分ける。

   その瞬間、体に衝撃が走る。

「……神様を……汚す者……いた」

 男の子に目はなく、本来目があるはずの場所に小さな赤いダルマが埋め込まれていた。

「いやああああああああああああ!」
「何だこの化け物!」

 隼人も思わず尻餅をつく。美優はもう逃げだしていた。雄伸が日向を抱きかかえ、座ったままの隼人に叫んだ。

「先逃げとくからな!」
「え、そんな! 待ってくれよ!」

 男の子の頭が膨らみ、弾ける。そして代わりに大きな影が隼人の前に立ちはだかった。

「……成~敗~‼」

 ダルマだった。真っ赤なダルマだ。大きさは二メートルくらいありそうだ。その巨大ダルマが隼人を見下ろしていた。

「ああああああああああああ!」

 既にダルマと距離を置いた雄伸、日向、美優のもとに隼人の断末魔と何かが潰れるような音が聞こえて来た。

「成敗~‼」

 再びダルマの声が聞こえ、雄伸は走りながらも思わず振り返る。

「ひっ!」

 ダルマが転がりながら三人を追いかけてきていた。しかもすごくスピードが速い。追いつかれるのは時間の問題だ。

 雄伸は日向を抱いているがさらに加速しながら普段使わない頭をフル回転させて考える。美憂は少しペースが落ちてきていた。

   そんな状況で雄伸は日向に声をかける。

「せめてお前だけは絶対に守るからな」

 どれだけ悪男であろうと、今の言葉には日向も頬を赤く染めるしかなかった。

 どうにかダルマをまく方法がないか。

「どっか、曲がれば、いいん、じゃ、ない?」

 隣で美憂が息を切らしながら提案した。

「確かに!」

 あの大きさだ。相当な質量だろう。だとすると、急なカーブなどはスピードを落とさない限り、曲がり切れないはずだ。……多分。物理とかいつも〇点だけど! しかし今の雄伸には少し自信があった。

「「あの角を曲がろう!」」

 しかし、二人が指を指したのは十字路の真逆の方向だった。けれど、ここで選択を考えている時間はない。二人は自分の指した方向へ曲がる。

「ああああ~‼」

 後ろから美優の声が聞こえ、慌てて振り返る。

「行き止まりだった!」
「何、急いでこっちに——」

 言い終える前にダルマがやってくる。このまま通り過ぎてくれれば……そんな思いは届かなかった。

 二人が別れた十字路の中心でダルマは急停止した。そしてゆっくりと顔を美優の方へ向ける。

「う、嘘‼ 来ないで‼ 助けて、雄伸! 隼人おおおおお‼」

 ——ドスン。

 壁にダルマが衝突すると同時に、パキパキという音を雄伸は聞き逃さなかった、否、耳に飛び込んできた。

「……美優?」

 日向が呟くが返事はない。返事の代わりにダルマが顔を雄伸たちに向けた。

「うっ……」

 思わず声が漏れる。

 ダルマの腹には毒々しい赤い色の肉塊がこびりついていた。

「成敗」

 ダルマの目が二人を捉える。

 あいつは考える時間も、悲しむ暇もくれないようだ。

「逃げるぞ日向!」

 雄伸は走り出した。

「成敗~!」

 角を曲がるのが駄目ならばどうすればいい? どうすれば奴から逃げられる?

 天才になった気分だった。雄伸は脳を人生で一番回転させる。やがて、一つの可能性を導き出した。

 奴が入ってこられないような建物に入れば勝てるゲームだ。

 雄伸はそう思い、周辺にいい場所がないか探す。すると、『地下駐車場』という文字が目に入る。

 奴も入れるかもしれないが、その駐車場の上はビルだ。階段なり、エレベーターなりがあるだろう。そこまで逃げきれば!

「雄伸?」
「大丈夫だ! お前を殺させはしない!」

 ダルマもスピードを上げていたので、雄伸はありったけの力を使い加速する。

 駐車場に入る。非常階段を見つけ、一直線。奴も追いかけてくる。もうすぐ後ろに迫っている。

 ギリ、間に合わない。でも今このタイミングで非常階段に日向を投げ入れれば日向も助かる!

「日向! ちょっと痛ぇかもだけど我慢してくれ!」
「え、何?」

 雄吾は重心を前に移動させながら非常階段目掛け日向の体を投げる。

 日向の体が床に叩きつけられるのと同時に、ダルマの顔が大きな音を立て入口に挟まった。

「雄伸!」

 日向は現実から目を背けるように三階の踊り場まで避難した。すると、ダルマの転がる音が遠ざかっていった。ようやく諦めてくれたらしい。

「はぁ~……何なのあれ」

 日向はその場に崩れ、胸が擦り減るくらいに撫で下ろした。 

 さらに登り、屋上の扉を開けた。あの後すぐに駅へ向かわなかったのは、ダルマが入り口で待ち伏せしているのを恐れたからだ。屋上からであれば、見下ろして入口の様子を窺える。それに少し遠くまで見渡せるので、ダルマが周辺にいるか、否かもわかる。

 日向は早歩きでフェンスまで行き、入り口を覗く。ダルマの姿は見当たらない。ほかの場所にもダルマらしき姿は見当たらなかった。

「ふぅ~」

 再び溜息をつき、一歩下がると、背中が何かとぶつかった。

「まさか」

 日向は一グラムあるかないかの希望にすべてを懸け、振り返る。

「神様を汚す者……じゃない」

 ダルマはそう言い残し、フェンスを飛び越え下に堕ちていった。慌てて、下を覗くが姿は見えない。とにかく助かったようだった。

 
 × × ×

 
 翌日、学校に編入性が来た。

 先生の紹介で俯きながら教室に入ってくる。その姿はどこか雄伸に似ていた。あんな奴でも好きだったんだな、と思っていた。しかし、彼らはもう帰ってこない。私は生き残った者として、あの三人に胸を張れるように生きなければならない。

 編入性が顔を上げる。

 私には彼の両目が一瞬ダルマに見えてしまった。

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