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映画「94歳のゲイ」感想

元町映画館で観てきた。
「94歳のゲイ」という題名を目にした時、なぜか観なければいけない気がしたのだ。

94歳まで誰にもゲイであることを打ち明けられず沈黙するしかなかった世代のドキュメンタリー。

主人公の94歳の長谷忠さんは西成に暮らし、2024年現在存命である。早く観なければ。

観れる映画館が近くにあって良かった。

私はLGBTQについてあまり知ろうとしなかった。自分の中に間違いなく偏見があったからだ。なぜ偏見があったのかは世論が大きいと思う。それは異常なことと捉えていたからだ。でもそれはたまたま体と心の性別が女で揃っていたからで体と心の性別がバラバラだったら?なんて考えたこともなかったからだ。

もし自分の息子がゲイだと打ち明けられたら?
とまどいはするが受け入れるだろう。
何故か?自分の子どもだからだ。
他人ならどうだろう?

でもこの映画を観て、少し意識が変わった。
男とか女とかそんなグループ分けで人を差別することは要らないのではないか。

この長谷さんは谷川俊太郎にも評価されたほどの詩人である。著作もあり、今でも詩や短歌を作っている。文学人。

長谷さんが生きてきた時代、同性愛は「異常性愛」「変態性欲」と言われていた世代。
ヒドい言葉だと思った。
マジョリティが正義。マイノリティは悪。

この長谷さんが出会ったケアマネジャーの梅田さんは結婚し子どももいるがゲイだった。
90歳を超えてようやく出会った理解者。
梅田さんはLGBTQの啓蒙活動をしており、長谷さんはその活動に参加する。時代は変わったのだ。90歳を超えてようやくカミングアウトできたのだ。今まで好きな男性に告白することも交際することもできなかった人生。
梅田さんとの出会いはどんなに嬉しかっただろうか。

残念なことに梅田さんは50代の若さで急性心筋梗塞で突然亡くなってしまう。そんな残酷なことがあるなんて。

だが、梅田さんが繋いでくれた縁で東京で障害者支援施設を経営しているボーンさんという60代のハーフのゲイと知り合い意気投合する。ボーンさんは間違いなく長谷さんの好きなタイプだった。初めて会ったとき長谷さんはボーンさんを男前やと言った。それは明らかに好きな人に対する好意であり切なさを感じる言葉だった。90を過ぎてようやくゲイ友達を得たのだ。
ボーンさんも長谷さんを大切なゲイ友達としてたまに東京から長谷さんを訪問する。
まだ出会ったばかりだが、ボーンさんの提案で2人で銭湯に行き、ボーンさんが長谷さんの背中を流し裸の付き合いをする仲だ。
長谷さんはボーンさんに手紙を出す。
ボーンさんも長谷さんに返事を書く。
長谷さんはきっとボーンさんとの出会いで生活に張りができただろう。ボーンさんの写真を壁に画鋲で貼りつけていつでも見れるように飾っている。その顔は優しい好意に溢れている。

年を取っても好きな人ができることは人生を豊かにする。
寧ろ、人生の最後に好きな人と交流できるのはものすごく幸せなことじゃないか。
なんだか感情が震えて涙が出てきた。

自分を常に「無」にして生きてきた人だ。

LGBTの集まりでの長谷さんの言葉。

「ゲイの人がぎょうさんいるとは知らなかった」

「僕にとってまるで奇跡やな。奇跡の出来事や」

「男と男の恋愛、女と女の恋愛も、少しも恥ずかしいことはないで」

「職場の同僚から『長谷くん、結婚しないん?』ってよく聞かれたよ。それが嫌やった。自分では同性愛者であることはわかっているけど、絶対に言えなかった。30代を過ぎたら『早く結婚せえよ』って言われるようになった。そのたびに『まだちょっとなー』『ええ人を待ってるねん』とか言ってごまかしていた。自分を偽るんや」

長谷さんインタビューより抜粋

クラスにもしかしたら数人はいるかもしれないLGBTQの人たち。統計は無いが学校あたりにするとかなりの数になるのではないか。
平気な顔でツラい思いをしている人が当たり前にいるのだ。

長谷さんが人生の最後になってカミングアウトできて良かったと思う。間にあって良かった。どうか健やかにお元気でと願わずにはいられない。


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