【書評】巷間の「仕事術」を破壊――『ありえない仕事術 正しい"正義"の使い方』
巷には「仕事術」に関する書籍であふれているが、本書が凡百の書籍と一線を画すのは「理論」と「実践」の二段構えで構成されているところだ。すなわち、著者が社会人経験を積む中で培ってきたテクニック(理論)だけでなく、それを「ビジネスの現場」でどう生かしているのか(実践)について、ストーリー仕立てで構成しているところに本書の独自性がある。
著者はフリーランスのディレクターで、代表作はテレビ東京在籍時代に手がけた「ハイパーハードボイルドグルメレポート」というドキュメンタリー番組。戦争や紛争など、危険や困難の渦中にある人の「食事」に密着した同番組は、第57回ギャラクシー賞テレビ部門で優秀賞を受賞。同番組を音声のみで制作したポットキャストも、第3回「JAPAN PODCAT AWARD」で大賞を受賞するなど、多くの視聴者から高評価を得ている。
成功の先にある幸福とは
本書では「仕事での成功」の先にある「幸せ」の所在に焦点を当てている。巷のビジネス書では画一的な「成功」の形を押し付け、「幸福」のあり方を狭めている可能性があると、著者は切って捨てる。現代社会は限られたパイを奪い合う競争社会。そこでの成功はおのずと「競争に勝つ」ことになる。
大金を手にする。出世する。ビジネスパーソンとして名声を得る。そんな「勝利」の先に、果たして何が待っているのか。そもそも、私たちは競争の舞台に立ち続けるしかないのか……。本書はビジネスの世界に身を置くことの意味を、根本から問い直している。
本書の第一部で紹介しているのは、そんな弱肉強食の日常を生き抜くためのノウハウだ。「仕事でズルはしない方がいい」「無駄と思える作業ほど進んで取り組むべき」「その仕事は誰のためになされるべきかを考える」など、ここで触れられているのは「言われてみれば当たり前」の話ばかり。
しかし、「言われてみれば当たり前」とは、「大切だけれど日頃意識できていない」の裏返し。せわしない日常で埋没しがち、だけれどもビジネスパーソンとして大切なメッセージの連続に、思わずハッとさせられた。
こうした行動を積み重ねることで、ビジネスパーソンとしての経験値が蓄積されていく。その結果、競争に参加する/距離を置くといったように、生き方の選択肢が広がるのだ。
ビジネス書では“ありえない”構成
第二部では第一部で紹介した心構えやノウハウを、ビジネスの現場でどのように生かしているかについて、ストーリー仕立てで取り上げている。
ドキュメンタリーのディレクターを生業とする「著者」が、いかに企画を立ち上げ、どのような態度で取材対象と接し、いかなる心境で人間が直面する“現実”をカメラに収めるのか。そのエッセンスがこの第二部に凝縮されている。
人の「死」をテーマにしたドキュメンタリーを制作することになった「著者」は、取材対象であるALS(筋萎縮性側索硬化症)患者と接するなかで、生死の判断が問われるという冷厳な現実に直面し、ある決断を下す。その意思決定に至るまでの「著者」の一挙手一投足にはハラハラさせられた。そういう意味でも、本書は「仕事術」と銘打った本では「ありえない」読書体験ができる。
最後に、本書を手に取るうえでの注意点を伝えておく。それは、「ビジネス書」という固定観念を取り払ったうえで読み進めてもらいたい、ということだ。本書はあくまでも“仕事術”にフォーカスした本。「ビジネス書」と「仕事術」。この二つを切り分けたうえで読めば、本書のメッセージ性は威力が何倍以上にも増幅して、読者のもとに伝わってくるはずだ。
巷のビジネス書では満足できない刺激がほしい、仕事では得られない非日常を体感したいという人にこそ、本書をおすすめしたい。
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