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「影のないボクと灰色の猫」 02-A06 第六章 私

この物語は、Twitterで自然発生的に生まれたリレー小説です。
aya(ふえふき)さんと一緒に、マガジンにまとめています。
詳細はこちら → はじめに

前回のお話(第五章)

第六章 私


red stone cafeから展望台までは、近いようで、歩くと案外遠い。

☕∗*゚red stone cafe

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お店の外で猫さんを放し飼いしてて、この猫さん目当てで来るお客様もいたりする。

展望台のある小高い丘は、店の駐車場から、すぐそばに見えているのに、歩き始めると、幾つも曲がり角を曲がる事になる。勾配も案外きつい。

坂道を登りきって、展望台に着いた時には、喉の渇きは耐え難くなっていた。

休日の夜には、若い恋人達でそこそこ賑わう展望台も、平日の昼間には人気が無い。

ベンチに腰を下ろして、缶ビールを手に取る。

「有給の醍醐味、だよね」

誰が見ている訳でも無いのに、つい、言い訳がましく呟きながら、ビールを開けた。

ぬるいビールは、乾いた喉を心地良く通り過ぎて行った。

風が火照った頬を撫でた。微かに海の匂いがする。

酔いのせいだろうか、眼下に広がる町並みも、光る海も、いつもより美しく見える。

妙にふわふわした気分だ。このままずっと、ベンチに座って、海を眺めていたい。

……何かが、おかしい。

自慢では無いが、私はお酒には強い方だ。ワイン1本くらいなら、軽くひとりで空けられる。

ビールを少し飲んだだけで、こんな気分になるなんて。

ふわふわした気分を追い払おうと、頭を軽く振った。

何かを、忘れているような気がする。忘れてはいけない、大切な何かを。

思い出そうと、目を閉じた瞬間、甲高い大きな音がして、身がすくんだ。

自転車のブレーキ音。

私は昔から、自転車のブレーキ音が、とにかく苦手だ。理由は分からない。でも、聞く度に、身がすくんで、冷や汗が出る。

恐る恐る目を開けた。

誰も居ない。

自転車どころか、人っ子ひとりいない。

海風が頬を撫でた。先程まで心地良く感じた風が、冷たい。

「行かなくちゃ」

不意に口をついて出た、自分の言葉に戸惑った。

何処へ?

いや、分かっている。私は、red stone cafe に、行かなくていけない。

何故?

理由は分からない。

恐らく、私は大切な事を忘れている。忘れてはいけない事を。

行ってみよう。行けば、何かを思い出すかもしれない。

ベンチから立ち上がった私の髪を、海風が揺らした。

Twitterリレー小説「影のないボクと灰色の猫」
02-A06 第六章 私

書き手:清水はこべnotenana
写真・注釈:ゑ。notenana


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