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タオルケットのテント
散歩は好きだ。でも、あまり遠出はしない。
空や樹木や草花を眺めるのは好きだけど、近所を散歩して、街路樹や公園の草花に挨拶する程度で、充分満足してしまう。緑が多い町に住んでいるお陰かもしれない。
遠出が嫌いな訳ではない。出掛ければ、もちろん楽しむ。けれど、疲れやすい質なのだ。腰痛という持病もある。だから、たくさんの観光名所を精力的に巡るような旅は苦手だ。
遠出をする時は、大抵、人に会いに行っておしゃべりをしに行くか、大好きな歌や舞台を聴いたり観たりしに行くか、温泉に行ってぼーっとする。あまり精力的には動けない。
つまり、基本的にインドアな人間だ。休みの日は、家でだらだら過ごすのが好きだ。
本や漫画を読んだり、ネットを徘徊したり、こうして文章を書いたり、鼻歌を歌ったり、録画したテレビ番組を観たり、夫とご飯を食べたり、しりとりをしたり、家の中には、いくらでも楽しい事がある。
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YouTubeで、ソロキャンプの動画を観るのが好きだ。
緑の中で、紅葉の中で、雪の中で、テントを張って、火を熾して、豆を挽いて珈琲を飲んで、何かを焼いたり炙ったりして食べて、火を眺めながらお酒を飲んで……
静かな音楽が入っている事もあるけれど、基本的なBGMは、鳥の声や水のせせらぎの音。シンプルで静かで美しい時間。そして映し出される食べ物が、どれもこれも簡単で美味しそう。
そんな一連の映像を眺めていると、本当にうっとりしてしまう。アップロードして下さる皆さん、ありがとう。
ただ、うっとりとはしてしまうけれど、私もキャンプに行こう! とは、思わない。
キャンプに行くまでの間に疲れきって、テントを張る頃には無口になって、寝袋で寝て体を痛くして、帰る頃には風邪を引いている自分が、簡単にイメージ出来てしまうのだ。ごめんなさい、へなちょこで。
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こんなにインドアで、へなちょこな私だけど、テントで過ごした大切な思い出を、ひとつだけ持っている。
美しい景色も、美味しい食べ物も出てこない。多分、絵にはならない。
でも個人的には、YouTubeにアップロードされている、どんなに素敵なソロキャンプ動画にも負けないくらい、幸せな思い出だ。
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雨が降っていたような気がする。
妹も私も小さかった。四畳半の畳の部屋で、何をして遊んでいたのかは覚えていない。
小さな頃から家の中で遊ぶのは好きだった。ごっこ遊びをしたり、人形遊びをしたり、本を読んだり、お絵かき、ぬり絵、家の中には、いくらでも楽しい事がある。
なのにその日は、妹も私も、機嫌が悪かった。何が原因かは覚えていない。ただ単に、雨に倦んでいたのかもしれない。
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「テントを張ろうか」
母が言った。
「テント?」
「どこに?」
妹も私も、機嫌を悪くしていたのを忘れそうになった。テント?
「ここに」
母は、物干し用の紐を部屋に張り始めた。妹も私も、何が始まるのだろうと、じっと見ていた。
部屋に張られた物干し紐に、二枚のタオルケットが、洗濯ばさみで止められていった。
畳に垂れ下がったタオルケットの端を、何冊かの本で押さえて、タオルケットがテントのような形に開いた時には、妹も私も、機嫌を悪くしていたのを、すっかり忘れていた。
テントだ!
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記憶はそこで途切れている。
作ってもらったタオルケットのテントで、何をして遊んだのだろう?
多分、ごっこ遊びをしたり、人形遊びをしたり、本を読んだり、お絵かき、ぬり絵、そんなところだったような気がする。テントを作ってもらっても、もらわなくても、結局、遊び方は変わらなかったと思う。
だけど、とても楽しくて、幸せだった事は間違いない。何十年経っても忘れられないくらいに。
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あの時の幸せな気持ちが忘れられなくて、少し大きくなって、自分で物干し紐を張れるようになってから、あの時のテントを何度か再現した。
でも、あの時ほどは、わくわくしなかった。それなりには楽しかったけれど、あの時ほどは、幸せな気持ちにならなかった。
小さな子供は、親に作ってもらった、と言う事に、とても幸せを感じていたのかもしれない。
それに、少し大きくなってみれば、テントを作っても、作らなくても、結局、遊び方は変わらないと言う事に、気が付いてしまったのだろう。
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大人になってから、タオルケットのテントを再現した事は無い。
ただ、大人が家を探したり、家を整えたりする事は、ある意味、タオルケットのテントを作るようなものかもしれない、とは思う。
小さな子供の時は、親が作ってくれた場所に包まれる事が、とても幸せだった。何十年も忘れられないくらいに。
でも実は、自分で自分の場所を作る事は、それと同じくらいに幸せな事なのだ。自分で選んだ空間に、自分の幸せな場所を作っていく作業。それは、大人になって、はじめて知った喜びだ。
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基本的にインドアな人間だ。休みの日は家でだらだら過ごすのが好きだ。
YouTubeでソロキャンプの美しい動画を観たり、小さな子供だった頃の幸せな記憶を思い返したり。
家の中には、いくらでも楽しい事がある。
お目に掛かれて嬉しいです。またご縁がありますように。