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製造業の変革期に求められる日本の技術①

■ 製造業の変革期に求められる日本の技術の取り組みと課題

前回までは、エレクトロニクス化やIT化、国際分業体制の構造的変容といった製造業を取り巻く環境変化の中で、戦後高度経済成長期に世界を席巻した日本の「ものづくり」が、国際競争力を失ってきた要因を振り返ってきました。

キーワードは、
「製品のモジュール化」、
「ITやデジタルを活用したオープンプラットフォーム」、
「開発と生産の分離」、
これらに伴う「国際競争戦略の変化」でした。

この間に、欧米やアジアの工業国では、「スマート・マニュファクチャアリング」という製造工程のサプライチェーンを最適化する取り組みが進められ、国境を越えて広がる分業体制の下で、自国の産業の付加価値を高める試みが行われてきました。

今回から、今後さらに本格化するビッグデータやAIの活用、脱炭素社会実現に向けての取り組みなど、製造業の変革期に求められる技術について日本の取り組みと課題を分析していきます。

(1)欧州で始まる「インダストリー5.0」

「インダストリー4.0」が提唱されてわずか10年の2021年、欧州委員会がこれに代わる新しいコンセプトとして、第5次産業革命(インダストリー5.0)を提唱しました。

工場における生産ラインの自動化や、デジタル化に基づく産業の効率化と競争モデルの変化が進められた「インダストリー4.0」では、社会に暮らす人間の視点や地球環境や社会環境などの視点が十分ではないため、さらなる産業の進化が必要であると述べられたのです。

欧州委員会が提唱した「インダストリー5.0」では、
①持続可能性(サステナビリティ)、
②人間中心(ヒューマンセントリック)、
③回復力(レジリエンス)
以上の3点がキーコンセプトとして掲げられています。

2015年のパリ協定以降、各国で表明されたいわゆる「2050ネットゼロ」の実現に向けた社会の取り組み、本格化するAIやロボットの活用方法、2019年からの新型コロナウイルスで明らかになったような自然災害やパンデミックに対する対応など、変化する時代の要請に合わせて産業の在り方を再定義したものが、「インダストリー5.0」であると言われています。

(2)経済発展と社会課題の解決を両立する日本の構想:「Society5.0」

こうした欧州での動きに先んじて、日本でも2016年に閣議決定された「第5期科学技術基本計画」の中で、2050年を想定した新たな社会の在り方として「Society5.0」という概念が提起されました。

この構想では、これまでの人類社会を、
狩猟社会の「Society1.0」、
農耕社会の「Society2.0」、
工業社会の「Society3.0」、
情報社会の「Society4.0」と捉え、
現代のIoTやAI等のデジタルテクノロジーの融合が導く社会として「Society5.0」を定義しています。

ただし、ここで描かれているのは、IoTやAIの進化によって導かれる単純な科学技術の未来ではなく、新たな価値で経済発展と社会的課題の解決を両立する未来が構想されており、欧州が提起した「インダストリー5.0」とも親和性の高い内容となっています。

では、「Society5.0」ではどのような社会的課題の解決が想定されているのでしょうか。第5期科学技術基本計画では、「エネルギー制約、少⼦⾼齢化、地域の疲弊、⾃然災害、安全保障環境の変化、地球規模課題の深刻化」といった課題が挙げられています。

これらは大きくまとめると、「少子高齢化やインフラ基盤の老朽化」といった、すべての国が高度経済成長後に直面する社会的課題と、「持続的な経済発展と地球環境の保護」といった途上国も含めた地球規模の課題、の2点に集約することができます。

これらの課題を解決するような新しい価値やサービスが次々と創出される「超スマート社会」を世界に先駆けて実現することで、世界を再びリードする役割を果たしました。課題先進国であることのハンディを強みに変えていこう、という強い決意が込められているのです。

ここからは、「Society5.0」で提示されている社会をベースに、変革期に求められる日本の技術について、製造業にフォーカスして考察していきます。

■   「Society5.0」で求められる日本の技術

(1) スマートモビリティシステムを実現する自動運転技術

「Society5.0」においても、交通(その他は、医療・介護、ものづくり、農業、食品、防災、エネルギー)は、新たな価値を創出する7つの重要な分野の1つとして挙げられています。

長年日本が世界をリードしてきた自動車産業も含めたこの分野からは、誰もが安心して移動の自由を享受できる社会を実現する自動運転技術を取り上げたいと思います。

一口に自動運転と言っても、各種制御におけるドライバーの関与レベルと自動運転を可能とする適用範囲の両面から定義が行われており、米国自動車技術会が定める5段階の基準で分類されるのが一般的です。

レベル1からレベル3までは、ドライバーの同乗による有人運転が前提となっており、レベル4以上では完全自動運転化による無人走行が想定されています。

レベル1は、
車体の前後・左右のいずれかの制御をシステムで実施する運転支援機能を指し、すでに一般の市販車で標準装備化されています。

具体的には、自動ブレーキ、前走車に追従するACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)、車線からのはみ出しを防止するLKA(レーン・キープ・アシスト)等です。

レベル2では、
部分自動運転化が実現しており、レベル1で実現された機能を統合して運用することができるため、一定条件下で手放し運転(ハンズオフ)が可能となります。レベル2の実用化と市販車への搭載では、2017年頃からゼネラルモーターズ(GM)、BMWが先行しましたが、日本の自動車メーカーも日産、ホンダ、トヨタ、スバルが実用化して、各社ともに搭載車種を増やしている状況です。

レベル3では、
一定条件下ではあらゆる運転操作をシステム制御で行うが、システムが介入を要求するときには、ドライバーが速やかに運転操作を代行しなければならないと定義されています。レベル3では、ハンズオフに加えて、車両前方から目を離すアイズオフ運転が実現されています。この段階まで来ると、道路交通法で定められたドライバーの注意義務などが大きな問題となりますが、すでに技術としては確立をされており、高速渋滞時の低速域での自動運転機能として実用化されています。欧州ではアウディやメルセデスなどが、日本のメーカーでも、ホンダが2021年に他社に先駆けて、「トラフィックジャムパイロット」(TJP)を新型レジェンドに搭載しています。

レベル4は
一定の条件下(道路条件、地理条件、環境条件、運行条件等で定義される)において全ての運転操作をシステムが行い、自動運転の継続が困難な場合もドライバーやオペレーターの介入を期待しないレベルを指します。仮に自動運転システムが作動可能な領域を外れる場合も、安全に車両を自動停止させる等の手続きを行うことができるため、完全無人化が実現します。

レベル5は、
条件の制約なく無人運転を実現できるレベルを指します。レベル4については、米国アリゾナ州やカリフォルニア州で自動運転タクシーサービスが開始されており、中国でも北京、上海、深圳などで同様のものが開始されています。

このように実用化に向けて着実に進んでいる自動運転技術は、日本の自動車産業が生き残りをかけていく上で、きわめて重要な領域であることは言うまでもありません。

日本国内の新車出荷台数は、1990年の777万台をピークに減少の一途をたどり、この間の都市化や少子高齢化の進展に伴い、カーシェアリングやライドシェアリングといった形で新たな自動車所有の在り方が提起されています。

レベル4以上の運転を完全に実現するには、安全性の確保だけでなく、法改正や都市インフラの整備も必要となります。

高度経済成長期に整備された交通インフラは、老朽化のため再整備が必要となっており、官民一体で取り組むことで社会の課題解決につながります。また、従来から安全性については高い評価を得ている日本メーカーだけに、新たなインフラの輸出として世界を相手にビジネスを展開していくことも考えられるのではないでしょうか。(山縣敬子・山縣信一)

>>「製造業の変革期に求められる日本の技術②」に続く
(予告)
「Society5.0」で求められる日本の技術
(2) エネルギーや資源の循環型社会を目指す脱炭素技術
(3) 人間中心の社会を実現する協同ロボットやサービスロボットの技術
(4) 「超スマート社会」実現の基盤となるデジタル技術
(5) 資源の制約を乗り越えるバイオ・スマートセル技術

<<Smart Manufacturing Summit by Global Industrie>>

開催期間:2024年3月13日(水)〜15日(金)
開催場所:Aichi Sky Expo(愛知県国際展示場)
主催:GL events Venues
URL:https://sms-gi.com/

出展に関する詳細&ご案内はこちらからご覧ください。

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