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サプライチェーンのグローバル化

■世界に広がる製造業のネットワーク

かつて世界の製造業は素材、資源こそ国外から輸入しても、部品や製品レベルは国内でものづくりを完結させ、国内外に出荷するという形が主流で、輸出するのも最終製品が主体でした。しかし、世界各国が経済成長を加速させるため世界的に自由貿易を促進し、直接投資規制や資本移動の緩和といった金融の自由化を推進。さらに、1990年代後半になると、通信やITの発展に伴って製造や流通のマネジメント手法や技術が発達しました。

そして、経済のグローバル化が進展するにともなって、それまでの上流から下流まで、ものづくりを単一国内で完結させるのではなく、製造拠点そのものを海外へと移転したり、海外のサプライヤーから部品調達を行ったりするなど、ものづくりに関わる材料、調達、製造、流通、販売といったネットワークのグローバル化が進んでいきました。

例えば、トヨタは、1959年のブラジルに初の海外工場を設置したのを皮切りに、現在では約50カ所の現地生産拠点で生産しています。その展開は特に1990年~2010年の20年に集中しており、約30カ所もの製造拠点の海外展開を進めていきました。その結果、同社の国内での自動車生産台数は1990年で頭打ちとなったものの、国外での生産台数はおおむね増加を続けて、2022年の国内と国外での生産台数の割合はおよそ3対7となっています。

さらに、自動車のように最終製品の製造に多くの中間財を必要とする場合、製造拠点が海外へと移転すると、それに付随してサプライヤーも同じエリアへ進出するケースも少なくありません。その結果、製造業のサプライチェーンは世界各地に分散していき、それが相互に結びついたものづくりのネットワークが形成されるようになっていきました。

例えば、半導体なら、日本で製造したシリコンウェハーを、台湾の工場に設置したオランダ製の露光装置で製造し、中国製のパッケージング材料を用いて、最終的に中国でICチップとして完成させるといった国際的な分業を背景にした生産ネットワークが形成されています。

■サプライチェーンのグローバル化による産業構造の変化

日本企業が製造拠点の海外展開を進めて行った当初、国内の製造業が衰退するのではないかという、産業空洞化への危惧が強くありました。実際に、製造において人件費や輸送コストなどが占める割合が大きく、比較的に安価な製品においては、海外生産へとシフトして行くケースが見られました。総務省の労働力調査によると製造業の従事者は、1990年から2020年の30年で、およそ3分の2まで減少しています。

こうした状況下で、企業の方も国内の製造拠点を一方的に減らしてきているわけではありません。例えば、製造にあたってサプライヤー内部またはサプライヤーとカスタマーとの間ですり合わせが必要な部品であったり、その製品の中核となる機能を担うようなコア部品の製造であったり、また製造装置そのものは、国内で製造を継続することで、海外との分業体制を図るというケースを選択する企業が少なくありません。

他にも、海外への技術移転に際して、研究開発機能であったり、基準となる生産ラインの組み立てや指導者育成であったり、生産上のトラブル発生時に現地に代わって解決したりといった、いわゆる「マザー機能」を国内工場に残す製造業も頻繁に見られました。こうした取り組みによって、グローバル化が進んだ現在においても、国内の技術力と人材、そして海外との競争力を維持し成長している日本企業は少なくありません。

また、カスタマーとサプライヤーの関係についても、変化が生じています。従来はカスタマー企業を頂点にしたサプライヤーによるピラミッド構造が顕著だった自動車産業でも「系列」が崩れ始め、前述の半導体業界のようにサプライヤーの水平分業や多国籍化が進んでいます。

コネクテッドカーや自動運転、電気自動車(EV)などの自動車技術の新しいトレンドにおいては、擦り合わせ型やメーカーごとの独自仕様に基づくモジュール型/モジュラー型ではなく、規格化された標準仕様などに基づいたオープン型でのものづくりへとシフトしつつあり、そこでは電機や半導体のような水平分業へ近づいて行くと考えられます。

■グローバル化したサプライチェーンにおけるリスク

リスクの観点から、グローバル化したサプライチェーンの影響を見てみましょう。サプライチェーンは、調達と生産を相互に最適化することで、仕掛かり在庫や製品在庫を極小化するという考え方がベースになっているため、そこには安定的なロジスティクスの存在が前提となっています。サプライチェーンがグローバル化することによって、ロジスティクスの経路とその混乱要因は、サプライチェーンが国内のみで完結されている場合より増大します。

例えば、新型コロナウイルス感染症の拡大は、世界各地で都市の封鎖と産業における生産の停止を招きました。国際物流でも混乱が発生し、港湾への荷物の滞留、コンテナ船の滞船により、輸送遅延の状態が長く続きました。物流における需給逼迫は運賃の高騰をもたらし、製造業においては調達先変更、生産調整、在庫積み増し、緊急輸送といったサプライチェーン全体への大きな影響が生じました。

また、2011年にタイで発生した洪水では、ソニーやニコンといった日本企業の工場自体が被災し、デジタルカメラの生産に大きな影響がありましたし、同じく2011年の東日本大震災では、国内の半導体関連企業が複数被災したことによって部材の提供が滞り、世界中の半導体の製造に影響が生じました。こうした自然災害によるサプライチェーンへの影響も、気候変動による異常気象が増えている近年はリスクが増大していると言えます。

この他にも、ロシアによるウクライナ侵攻のような地政学的なリスクにおいては、当事国に拠点を展開していたり、資源の供給元だったりといった直接的な影響だけでなく、ロジスティクスのコスト上昇や為替リスクといった面からも、サプライチェーンに影響が生じることが予想されます。

このようにグローバルサプライチェーンにおいては、素材の供給であったり、生産であったり、ロジスティクスであったりといった、チェーンの各段階、各レイヤーでそれぞれリスクがあります。こうしたリスクをさけるため、サプライチェーンの多元化やBCP強化を進めることが重要になってきます。

■サプライチェーンの課題と日本の製造業

サプライチェーンの多元化・強靭化においては、どのような取り組みがあるのでしょうか。例えば、レアアースのような少数の産出国への依存度が高い資源においては、複数の供給元の確保には限界があります。2010年に中国がレアアースの対日禁輸措置を講じたことがありました。この時、日本ではベトナムなどから代替となる産出国との取り引きを増やすことで調達地域の分散化の他に、レアアースの使用量を減らす代替技術の開発に取り組み、中国からの輸入量の減少に対応しました。

しかし、EV用バッテリーやモーター、半導体材料など、現在の産業において必要とされるレアアースは以前よりも増えており、新たな供給元を確保するにも限界はあります。そこで、現在では国の支援の元で国内に一定量を備蓄する取り組みが行われているほか、更なる代替技術の開発が行われています。

また、製品開発に際しても、部品などもできるだけ専用ではなく、標準的な仕様や汎用部品を使う、オープン型のものづくりへのシフトも、サプライチェーンリスクへのひとつの対策となります。もちろん、製品の競争力を左右する部分でもあるので、専用設計と標準仕様とのバランスは一概には決められませんが、今後はリスクの観点でも評価・判断が必要となるでしょう。

このように、地政学的リスクや自然災害、ウイルス等によるパンデミックによって、サプライチェーンが途絶えた場合に備え、迅速な供給元の組み替えであったり、チェーンの再構築であったり、調達を意識した製品開発であったりと、柔軟なサプライチェーン実現への準備が必要となります。

そうした柔軟なサプライチェーンを実現するための考え方が「Connected Industries」です。これは、2017年3月に開催されドイツ情報通信見本市にて、当時の世耕経済産業大臣が提唱したコンセプトで、ドイツのIndustry4.0などの概念・コンセプトの登場によって広く認知されたスマートファクトリー、スマートマニュファクチュアリングの実現に向けた日本独自の取り組みです。

IoTやAIなどの新技術によってサプライチェーンのあらゆるデータの取得が可能となり、モノとモノ、ヒトとヒト、ヒトとモノのつながりも拡大し、協調や協働といったところにフォーカスがされて来ています。そうした、デジタル化が進展する中、日本の強みである高い「技術力」や高度な「現場力」を活かした、ソリューション志向の新たな産業社会の構築を目指すというのが、「Connected Industries」のコンセプトです。

サプライチェーンの各段階ですべてをデータ化し取得することで、リアルタイムで状況を把握できるようになれば、トラブル発生時の対応も迅速に行えます。あらかじめConnected Industriesに対応しているサプライヤーなら、そうした急な計画変更への対応も容易になるだけでなく、現場力や技術力の活用によりリスクへの対応においても有効なものとなるでしょう。
(青山祐輔)

<<Smart Manufacturing Summit by Global Industrie>>

開催期間:2024年3月13日(水)〜15日(金)
開催場所:Aichi Sky Expo(愛知県国際展示場)
主催:GL events Venues
URL:https://sms-gi.com/

出展に関する詳細&ご案内はこちらからご覧ください。

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