君が笑えば、世界は君と共に笑う。
第四章 偶然か必然か
歩き出して30分。あと5分ほど歩けば資料館とやらに着くはずだ。
バスやタクシーを使わなかったのは、田舎の空気感を身に浴びさせたかったからだ。
「あった…ここか」
目の前には大きく《哲学資料館》と書かれた看板が、かなり年季の入っているだろう建物につけてあった。
案外この古臭さというかレトロな雰囲気は嫌ではなかった。
カランとベルのなるドアを開けると、そこには見渡す限り本で埋め尽くされていた。
「す、すごい…」
思わず口に出てしまうほどの存在感だった。外観からは想像もできなかった光景だ。
入り口で入場券を買い、受付に渡す。
そして館内を見学しようとしたその時、僕はある人を見つけた。
そうだ、あの本をくれた女性だ。
何でこんなところに…と思いながらも、本をくれたお礼を言いに行こうとした。
「あ、あの…すいません」
「あっ!君あの時の!」
少し女性が声を大きくしてしまったのか、周りの視線を感じる。
「これは失礼、ところでなんでこんなとこに?」
「僕、週末はどこかに出かけるって決めていて…今日はたまたまここになって、あの…本、ありがとうございました」
「そうなんだ!いいね1人で遠出って。あの本はもう読んだ?」
「あ、はい読みました。とても興味深くておもしろかったです。お姉さんはもう読みましたか?」
「お姉さんって笑わたしは一葉っていうの、よろしくね。実はまだ読めてないんだ〜」
「一葉さん、いい名前ですね。僕は優斗って言います。よろしくです。読めてないですか…すいません、僕なんかに渡したせいで…」
「優斗くん!よろしく!あっじゃあいいこと思いついた!」
一葉さんは目を輝かせながらそういうと、思いもよらない言葉を発した。
「君の家に行って読ませてもらうよ!それなら私も買わなくて済むし!はい!じゃあ携帯出して、連絡先交換しよ!」
一葉さんのスピードにはついていけず、何が起こってるかわからないままピロンと携帯の交換音がなった。
「今度と言わず今日行こうよ!さ!いこ!」
もう一葉さんに引っ張られるまま、まだきたばかりだというのに外に出された。
気づけば電車の中、滞在時間5分という驚異的な時間を後に資料館から離れていった。
ガタンと揺れる電車の中で一葉さんは喋り出した。
「私ね、夢があるんだ。世界の偉人の資料を集めて、偉人博物館を作るの!どう?いいでしょ?」
一葉さんは自慢げな顔をこちらに向けて、ニコッと笑った。
一葉さんの笑顔のどこかに、少し寂しさを感じた。どこか気づいていたのかもしれない。本当は。
「そうなんだ、とても素敵な夢だね。できたら僕も行っていいかな」
「もちろん!お客さん第一号として歓迎するよ!」
その後も一葉さんとの会話は意外に盛り上がり、気づけば家の前に立っていた。
どうする、女性を家に入れるなんて初めてだ。ましてや男友達も家にきたことがないというのに。
母は月曜まで帰ってこない。少しの間だ。よし。
決意を固め、家の鍵を開けた。
チャリンとなるドアを開けたその音はいつもより鮮やかな音色になっていた気がした。
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