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【短編小説】夢

 また同じ夢を見た。

 最近、同じ夢ばかりを見る。山の中で遭難し、さまよっている夢だ。
 
 私は山登りが趣味でもないし、山など学生の時以来、訪れたこともない。
 なぜか当てもなく山中を歩き回っている夢を見る。

 毎日、毎日。

 どういう意味があるのだろう?

 私は夢占いというもので調べてみた。
遭難する夢は、日常がつまらなく感じ、新しいことにチャレンジしたいと考えているときに見るものらしい。

 だが、何かが違う。私はそういうことじゃないと考えていた。もっと、何か訴えかけてくるような感じだ。
 一体、何を訴えたいのだろう?

 たまに少女に会った。
 夢の中で、その少女はピンク色のリュックを背負って座っていた。
 山中で何をしているのかと、問いかけようとすると、すぐにどこかへ逃げていってしまう。
 少女の顔も見たことはなかった。いつも背後から近づくと、どこかへ去って行ってしまうのだ。
 少女も遭難したのだろうか?

 遭難した夢といっても、山の中を動き回るのはツラいものである。
 出口を求めて、必死で動き回る。
 夢の中ではどういうわけか、体が重く、思うように動けないため、なかなか前に進めない。

 音もない。鳥の声や虫の声、木の葉のすれる音など、山の中で聞こえてきそうな音が一切聞こえない。
 ただひたすらに、私はもがいていた。私の荒い息使いだけが聞こえてくる。

 ひょっとしたら、少女だけが出口を知っているのかもしれない。私は少女に出会ったときは、少女を追いかけていた。
 いつも少女は山奥へと進んでいく。いつも走って逃げていき、霧の中へと消えていくのだ。

 現実社会において、私はゲーム会社でプログラマーをしている。
 同僚に夢の話をすると、「疲れてるんだよ」と決まって言われる。
 確かに、疲れているのかもしれない。
 納期に間に合わせるために、徹夜をするなんてザラだからだ。

 精神科に行ってみろという人もいた。けれど、夢のことで精神科を訪れるのもどうかなと思うので、まだ行かずにいる。
 調べたところによると、睡眠が妨げられるほどの夢を見るのは、「悪夢障害」というらしい。私はまさにこれに当てはまるのかもしれない。

 でも、日常生活に支障を来すまでにはいっていない。ただ、私は知りたいのだ。なぜ、私がこんな夢を見続けるのか。

 私は分析をすることにした。夢の中で見たもの、見えたもの、すべてをメモすることにした。枕元にはメモ用紙とペンを準備して、いざ眠る。
 だが、木々しか見えて来ない。森の中で私は途方に暮れてたたずんでいるだけだ。
 私のメモ用紙はまっさらなままだった。

 私は独り身である。詳しく言えば、離婚をして独り身となった。
 以前は、会社の部下の女性と結婚していた。
 会社の人間と結婚するというのも、厄介なものである。
 うまくいっているときはいいが、一旦こじれると、会社中に知られるし、いい噂のタネにされてしまう。

 それが嫌だったのか、彼女は会社を辞めてしまった。現在は、投資会社に転職したという噂を聞いた。
 おそらく、彼女のことだ。稼いでいるに違いない。

 彼女は仕事ができた。私よりも数倍、仕事のできる人間だった。
 そんな彼女が、なぜ私のような特に際立ったところのない男と結婚してくれたのかは、今となっても謎である。

 彼女との離婚原因は、直接的には流産が原因だった。それまでも、ちょっとしたいざこざはあったが、流産を機にそれが爆発した。

 どっちが原因なのか、誰が悪いのか、罵り合い、大ゲンカをした。
 流産とともに、彼女は子供の産めない体になってしまったらしい。彼女は黙っていたが、彼女の両親がそれとなく話してくれた。

 だから、彼女はわめいたり、泣いたり、怒鳴ったり、神経質になっていたのかと、気づいた時には遅かった。
 私は彼女と正面からぶつかり、罵り、大きく心を傷つけた。後の祭りだった。

 彼女と別れてからだろうか。私が遭難する夢を見始めたのは。
 
 彼女と何か関係あるのだろうか?

 今のところ手掛かりは、あの少女しかいない。
 夢の中で私は何としても少女の後を追おうと思った。


 少女はいた。夢の中で少女は背中のリュックをこちらに向けて、岩の上にちょこんと腰掛けていた。
 今日こそ、逃しはしない。
 地の果てまで追いかけてやる。
 何せ夢なのだから、疲れはしない。

 少女は、私が近づくと案の定、走って逃げ出した。
 私は追いかけた。
 だが、体が重い。体が重くて、おもりを担いでいるようだ。
 小さな女の子の足なのに、全然追いつけない。

 私は女の子を捕まえようとした。手を伸ばし、少女の肩をつかもうとした。
 しかしながら、やはり、するりとかわされて逃げられてしまう。
 こんなに体が重くなければ、捕まえられるのに。
 私はじれったい思いがしていた。

 少女はどこの子だろう? 誰の子なんだろう? 

 私は興味が湧いていた。チラッとでもいいから、顔を拝んでみたい。どんな顔をしているのか、見てやるんだ。

 やっと、少女は疲れたのか、走るのをやめて歩き出した。
 チャンスだ。
 少女の面を拝むまたとないチャンスだ。

 私は鉛のような身体に鞭打って、半ば強引に少女の肩にしがみつこうとした。
 しかし、またしても、するりとかわされた。
 そして、少女はこちらを向いてアカンベーをしたのである。
 私は絶句した。
 そのアカンベーをした顔は私の顔にそっくりだったからである。
 私の顔を女性化して幼くしたら、少女のような顔になるだろうと思われた。

「え?」

 彼女は私の子なのか?

 どうりでかわいいと思った。
 いやいや、そんな話ではない。
 私に子供などいない。私の子は流産していなくなった・・・まさか、少女は流産した子が成長した姿なのか?

 私は夢の中で身震いした。流産した子も事前に調べたら、性別は女の子だったはずだ。少女はまさに、流産した私の子なのか?

 少女は私に何を伝えようとしているのだろう? 
 
 少女は目の前にいる。問いただしてみなければ。

 私は少女に話しかけた。

「ここで何をしているんだい?」

 少女は首を横に振ると、またどこかへ行こうとした。

「待って!」

 私は叫んだ。夢の中で。

「何を伝えたいんだい?」

 私はゆっくりと大きな声で言った。

「おかあさん」

 少女はたどたどしい言葉遣いでそう言った。

 おかあさん? 
 
 彼女のことがどうしたというのだろう? 何かあったのだろうか?
 それから、少女は再び走って霧の中へと消えていった。

 朝になって、私は目が覚めた。
 まだ少女のことが気になっていた。
 夢の中とはいえ、自分の子と思われる少女である。
 にわかには信じがたいが、夢だからということになるのだろうか。
 少女にもう一度会いたいと思っていた。

 そして、少女からのメッセージである。
 彼女は今どうしているのだろう? 連絡も取っていなかった。

 まだ朝だが、私は彼女に連絡を取ってみることにした。
 彼女にメッセージを送ってみる。

〝調子はどうですか?〟

 白々しい、ありきたりなメッセージだ。まあ、朝だから返信はまず来ないだろうと思っていた。すると、すぐに返事が来た。

〝あまり良くないの。仕事も辞めちゃった〟

「え?」

 彼女は仕事を変わっても、バリバリ働いていると思っていた。
 彼女ならどこでもやっていけるし、私のような人間に関わらなくても、優秀な男が近づいてくると思っていた。

 彼女のことを支えてくれる人はいないのだろうか?

〝一度、会おうか?〟

 メッセージを送ってみる。

〝うん〟


 次の休みの日、私は久しぶりに彼女と会うことにした。
 半年ぶりだろうか? 
 もっとずっと会っていなかったような気がする。


 思い出の店では、気まずい雰囲気になるかもしれないので、最近オープンしたばかりのカフェで会うことにした。
 私の方が先に着いたので、カフェラテを注文して待っていた。

 彼女はやってきた。明らかにやつれた表情をしていた。この半年、何があったのかはわからないが、彼女にとってはあまりいい半年間ではなかったのだろう。

 私は彼女の気持ちをストレートには聞かないでいようと思った。

「ご無沙汰。半年ぶりぐらいだね」

「そうね」

「・・・仕事、辞めちゃったんだって?」

「あまり向かなくて。今は無職」

「・・・」

 もったいないと思った。
 そして、しばらく会話が続かなかった。何を話せばいいのか、わからなかった。

 おもむろに私の口から出てきたのは、夢のことだった。

「夢・・・」

「え?」

「夢、見るんだ。毎日ね」

「・・・」

「山の中で遭難している夢」

「・・・」

「少女に会うんだ。夢の中でね」

「え?」

「かわいい子だよ。なかなか話してくれないけどね」

「私たちの子ね」

「そう、え?」

「私も夢を見るの。女の子が寂しそうにしてる夢。その女の子、顔があなたにそっくりなの」

「え?」

「流産しちゃったけど、あの子、夢の中で会ってくれるのよ」

 あの子は彼女の夢にも出かけていたのか。

 これでわかった。

 なぜ、遭難している夢を見るのか。私にはまだ彼女に対する未練が山となっていたのである。
 彼女への気持ちを整理しきれずに、未練たらたらだったのだ。

 彼女に対する未練が、遭難という形で夢を見させていたに違いない。
 あの少女が気づかせてくれた。

 ありがとう。

 感謝の気持ちで一杯だった。

「なあ、もう一度、やり直さないか?」

 そんな言葉が素直に出てきた。

「その代わり、後悔しないでよ」

 彼女の顔は笑顔だった。


 以来、遭難する夢を見ることはなくなった。
 
 そして、それと同じくするように、少女も現れなくなった。

 あの子は我々の救世主だったのかもしれない。

 彼女は言った。

 あの子の名前をつけない? と。

 私は言った。

「夢にしよう。夢ちゃんで」

 彼女はにっこり微笑むと、ゆっくりとうなずいた。



 終
 
 
    


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