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日曜日の本棚#21『ゼロからの「資本論」』斎藤幸平(NHK出版新書)【マルクスを蘇らせた男の描く「野心」】

毎週日曜日は、読書感想をUPしています。

前回はこちら。

今回は、経済思想家で、東京大学准教授の斎藤幸平さんの『ゼロからの「資本論」』です。個人的に、今最も注目している人物の一人です。

作品紹介(NHK出版HPより)

コミュニズムが不可能だなんて誰が言った?
『資本論』は誰もがその存在を知りながら、難解・長大なためにほとんど誰もが読み通せない。この状況を打破するのが斎藤幸平――新しい『資本論』解釈で世界を驚かせ、『人新世の「資本論」』で日本の読者を得た――、話題の俊英だ。マルクスの手稿研究で見出した「物質代謝」という観点から、世界史的な名著『資本論』のエッセンスを、その現代的な意義とともにていねいに解説する。大好評だった『NHK100分de名著 カール・マルクス『資本論』』に大量加筆し、新・マルクス=エンゲルス全集(MEGA)の編集経験を踏まえて、“資本主義後”のユートピアの構想者としてマルクスを描き出す。最新の解説書にして究極の『資本論』入門書!

所感

◆マルクスを蘇らせた男

斎藤幸平さんの出世作、『人新世の「資本論」』は、いろんな面で、異例の本であった。新書で45万部突破の異例のヒットだけでなく、環境を扱った本であること、そして何よりも「マルクス」を扱った本で、ここまで多くの人に手を取らせたという事実は驚きでしかない。

ソ連をはじめ旧社会主義国の崩壊、中国の方針転換という現実は、「マルクスはオワコンである」という認識だけでなく、誰もがその「存在すら忘れていた」と言える中、30歳代の若手研究者が、マルクスを蘇らせたことは、事実は小説より奇なりであることを見せつけてくれる。

そんな斎藤さんが、『資本論』にテーマを絞って書いたのが本書である。これは、100分de名著のテキストを底本に大幅加筆されている。番組を観た視聴者からすると、番組内で語られた内容の復習と同時に、時間の都合で深堀できなかった点を丁寧に記述されていると感じる。

なるほど。本書はそういう本なのか・・・という認識で読みすすめていったのだが、それは大きな間違いであった。

誰もが忘れていたマルクスを蘇らせた男の書いた本である。それだけでは終らないのだ。

◆101分目から綴られる筆者の「野心」

本書の前半は、番組で扱った「物象化」「価値増殖の運動(GーwーG’)」、「過労死がなくならない理由」、社会学者デヴィッド・グレーバーが提唱したブルシット・ジョブとイノベーションの関係・・・など4回の番組内で扱った内容を丁寧に踏襲する。ただ、本書を俯瞰してみると、ここまではあくまで筆者にとっては、「導入部分」でしかないのだと気づく。

本書のポイントは、番組で触れられなかった(NHKでは無理だろうとも思うが)、第5章グッバイ・レーニン!からである。

101分目からとも言うべき主張に本書の意味があるように思う。そこに筆者の「野心」が注ぎこまれていると思うからだ。

◆資本主義との決別を求める筆者の必然

本書で驚くのは、マルクスの思想と崩壊した社会主義国家との違いを明確に論じている点であろう。社会主義国家が失敗した理由はいろんな人が語っているが、私が知る範囲でも最も説得力があった。斎藤さんは、「コミュニスト」と自称するが、それは本書を読めばその意図がよくわかる。

その視点では、ベーシックインカムもトマ・ピケティの主張も、MMT(現代貨幣理論)も不十分だとして、大胆に切って捨てる。彼の目指すマルクスの唱えたコミュニズムの実現こそが、資本主義に代わるオルタナティブであというが、後半はその主張に多くの紙面が割かれる。

その帰結として導かれるのは、資本主義との決別である。その是非は読者に委ねられるべきであろうが、これまでのように即、否としてよいのかはよく考えるべきであろう。

◆ポスト資本主義を「考えること」には意味はある

これまでは、彼のような主張は、一笑に付されたであろうし、今でもそのような人は多くいることだろう。それは正しい姿勢なのかもしれない。

しかし、資本主義の強欲さは、地球環境を容赦なく破壊し、格差を絶望的に広げている。この問題について、資本主義は「悪化させる要因」ではあるが、「解決する要因」ではない点において、このまま資本主義を容認すること、とりわけ資本主義を先鋭化させた新自由主義を容認することはできないという視点には説得力がある。

何となくでもいいので、このままでいいのだろうか?という視点は持っておいて悪くないと思う。その意味で、本書は読む価値がある本であると思う。
なぜなら、現代社会の問題を考える上で、資本主義は、「考えるに値するテーマ」であると思うからである。


 



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