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ノスタルジアの魔術師、その後(恩田陸の短編集)

 Magician of Nostalgia


 以前、恩田陸さんについて記事を書いたのは、5年ほど前の2016年の5月のこと、けっこうな期間なのですが、その間にも精力的に作品を発表してくれている貴重な作家さんなのです。

 今回は、前回の記事では触れていない、恩田陸さんの短編集について "note" していきたいと思います。


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 現在まで、恩田陸さんの短編集は、連作やスピンオフを含めて15作品が発表されています。

 三月は深き紅の淵を
 光の帝国 常野物語
 象と耳鳴り
 ライオンハート
 図書室の海
 朝日のようにさわやかに
 いのちのパレード
 六月の夜と昼のあわいに
 私の家では何も起こらない
 私と踊って
 EPITAPH 東京*
 タマゴマジック*
 終りなき夜に生れつく
 祝祭と予感
 歩道橋シネマ


 まず、最初に言っておかなければなりませんが、恩田作品を楽しむためには、明快な結末を期待してはいけない!
 これは鉄則です。

 それは、長編であっても短編であっても変わりません。スッキリを味わうのではなく、モヤモヤを味わう! それが恩田作品を楽しむ秘訣なのです。

 短編の中には、絵画でいう小品というよりも、スケッチやエスキース(下絵・素案)的なものも多いのです。
 放り投げて終わりといった風情ですが、むしろ、それが恩田さんの感性にふれることのできる部分と思って読むのが良いです。

 また、短編集にはシリーズ的な位置づけのものもあったりして、読む順番に注意することが必要な作品もあるので、そこらへんも整理しながら紹介しようと思います。



◎シリーズ作品

 まずは、長編作品を受けて、その登場人物の前日譚や後日譚を綴ったスピンオフ短編をまとめたシリーズものが2冊。

『終りなき夜に生れつく』
 特殊能力者たちの抗争を描いた長編ダークファンタジー『夜の底は柔らかな幻』のスピンオフ作品がまとめられています。

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『祝祭と予感』
 タイトルとカバーデザインを見ればわかる通り、直木賞作品『蜜蜂と遠雷』のスピンオフ作品となっています。
 登場人物の前日譚と後日譚の全6編が収められています。

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 どちらも面白いんですけが、本編を読んでいた方が楽しみ倍増なのです。

 また、逆に、シリーズというか、作品世界の出発点となっている連作短編集が2冊。


『三月は深き紅の淵を』
 
通称 ”理瀬シリーズ” の最初の作品がこちらです。
 この本自体、ちょっと不思議な構成の連作集なのですが、その第4章にあたる「回転木馬」が、”理瀬シリーズ”の最初の作品になっています。
 シリーズ作品同士の強いつながりはないのですが、この後、『麦の海に沈む果実』『黄昏の百合の骨』、外伝的な『黒と茶の幻想』と世界がつながっていくので、順番を気にする方は最初に読んでおくと良いと思います。

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『光の帝国 常野物語』
 常野物語のシリーズは、特殊な能力を持つ「常野」の人々を描いた物語で、『光の帝国』は連作短編集なのですが、この後、『蒲公英草紙』『エンド・ゲーム』と、二つの長編と世界観を共有する作品なのです。

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 その他、シリーズではないのですが、世界観を同一とする作品があります。

『象と耳鳴り』

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 タイトルも装丁も印象的な短編集です。
 シリーズというわけではないんですが、恩田さんのデビュー作『六番目の小夜子』の主な登場人物の一人、関根秋くんのお父さんが、この短編集の主役です。
 作品としては、独立しているんで、順番にこだわる必要はありません。

 日常の謎系のミステリー短編なんですが、恩田さんには珍しく本格よりのミステリーで、象を見ると耳鳴りがするという女性の話とか、ちょっと興味深くありませんか?
 自分の中では、最上位に位置する短編集だったりします。


◎連作短編集

 短編集の中でも、同じテーマを持って描かれた短編をまとめたものです。1話1話は独立していても、通して読むと、別のテーマが浮かび上がってきたり、作者の趣向の楽しいタイプの作品です。

『ライオンハート』
 SFラブロマンスみたいな連作集。
 17世紀のロンドン、19世紀のシェルブール、20世紀のパナマ、フロリダなど、時と空間を越えながら、繰り返し出会う男女の物語。
 恩田さんには珍しいラブロマンスなのですが、話が進むほどドキドキしてしまいます。

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『私の家では何も起こらない』
 丘の上の家をメインにした連作集です。
 ホラーと謳っていますが、そんなに怖いわけではありません。ちょっと気味悪かったり、ゾワゾワする程度なんで、苦手な人もご安心を!

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 その他、連作なのかよく分からない作品として、『EPITAPH東京』『タマゴマジック』があります。
 まあ、どちらも不思議な手触りのする作品なので、けっこう恩田陸上級者向けの連作集だと思います。

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◎いわゆる短編集

 最後は、皆さんのイメージする、いわゆる短編集です。
 その分、収録されている短編のジャンルは、ほんと様々で、ミステリーあり、SFやホラーあり、変な話やショートショートまで多種多様です。
 でも、個人的に恩田さんのそういう短編集は好きなのです。

『図書室の海』
 
ある意味、本当の恩田陸さんの初短編集。
 初期作品ばかりなので、その後の長編用のアイディアスケッチや予告編みたいな作品もあって楽しいのです。
 個人的には、いわゆる短編集の中では一番好きな本です。
 『六番目の小夜子』の番外編「図書館の海」他、”理瀬シリーズ”の「水連」や『夜のピクニック』の前日譚「ピクニックの準備」などなど、ファンには嬉しい作品が収録されています。

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『朝日のようにさわやかに』
 
キャリア中期の短編集ですが、コメディタッチの作品もあったりして、これまたおもちゃ箱のように楽しい本なのです。
 ”理瀬シリーズ”の「水晶の夜、翡翠の朝」が収録されています。 

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『いのちのパレード』
 カバーデザインから地味な印象だった本なのですが、実は、この写真にも意味があったという.... まさに恩田ワールドなのです。
 様々な奇想が主役となっていて、奇想をテーマにした連作集ともいえるのですが、こちらに分類しています。 

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『六月の夜と昼のあわいに』
 
恩田さんの短編集の中でも、特に不思議な味わいの本です。
 これも絵や詩をテーマにした連作集と捉えられる面もありますが、こちらに分類しました。
 本当に”あわい”作品ばかりなので、薄味が好きな方に.... 恩田陸上級者向けです。

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『私と踊って』
 
全部で19編もあるのはいいのですが、ショートショートみたいなのもたくさんあって、少し物足りなく感じるかもしれない作品です。
 とはいえ、新潮社から出てる短編集は、ほんとにバラエティ豊かな作品が収録されているのです。

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『歩道橋シネマ』
 今のところ最新の短編集。
 こちらも全18編と収録作品が多い分、ほんとにスケッチみたいな作品もあります。
 でも、そんな作品だからこそ、作家さんの頭に浮かんだものがストレートに感じられたりするのです。
 ”理瀬シリーズ”の「麦の海に浮かぶ檻」が収録されています。

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 以上、15冊の本を紹介しましたが、恩田陸さんは、作品がたくさんあるし、出版サイクルも短めで、自分にとっては、ホントにありがたい作家さんなんですよね。

 その割には、シリーズ作品は意外と少なくて、あの作品の続きが読みたい!って思うことも多いのです。

 現在も連載中の作品が10本ぐらいあったりするのですが、ちゃんと本になってくれるのかが不安なんですよね。
 先日、かなり前から連載中とされていた『灰の劇場』がようやく本になったみたいなんで、しばらく連載中断しているアレとかコレとかも再開するといいな~、と思う今日この頃なのです。



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