リセの季節(恩田陸のゴシックミステリー「薔薇の中の蛇」に寄せて)
SNAKE IN THE ROSE
恩田陸さんの新刊
「薔薇の中の蛇」
英国へ留学中のリセ・ミズノは、友人のアリスから「ブラックローズハウス」と呼ばれる薔薇をかたどった館のパーティに招かれる。
そこには国家の経済や政治に大きな影響力を持つ貴族・レミントン一家が住んでいた。
謎の家宝の噂、主への脅迫など、不穏な空気が漂う中、屋敷の敷地内で、真っ二つに切られた人間の死体が見つかる......
いわくありげな館「ブラックローズハウス」
あやしげな貴族一家
その館を訪れた謎の美少女 ”水野理瀬”
そして、起きた惨劇...
キーワードを並べただけでも漂う幻想的(ゴシック)な雰囲気がこの作品の”らしさ”なのです。
いや~、いいですね~、この雰囲気!
いつもじゃなくていいけど、時々、こういう雰囲気を味わいたくなるんですよね。
久しぶりに恩田陸さんのゴシックミステリーを堪能させてもらいました!
まあ、ゴシックミステリーもミステリーなんで、当然、真相があるわけなので、いつもの恩田陸さんよりはスッキリした感じの結末でした。(←誉めてるのか?)
といっても、恩田陸さんの長編ですから、結末よりも、そこに辿り着くまでの雰囲気の方を楽しむことが大事なのです。
宣伝コピーでは
変貌する少女。呪われた館の謎。
「理瀬」シリーズ、17年ぶりの最新長編!
なんて、紹介されていたんですが、
え、もう17年もたつの?って感じなんですよね~。
シリーズ物の最新刊なんですが、このシリーズは、ゆる~い感じでつながってるシリーズだし、物語としては独立してるので、この本から読んでも問題なし!ではあるのです。
ただ、主人公 ”水野理瀬” がどういう人物なのか?
途中で出てくる "ヨハン" は何者なのか?
といった部分については
事情を知っていた方が、間違いなく面白い!
と、思います。
ということで、今回は、恩田陸さんの「理瀬」シリーズについて "note" していきたいと思います。
+ + + + + +
シリーズとして、謎の美女 ”水野理瀬” を主人公とした本は、これまで「麦の海に沈む果実」「黄昏の百合の骨」の2作がリリースされていて、「薔薇の中の蛇」で3作目となります。
なので、 ”水野理瀬” や "ヨハン" を知る上では、この2冊を読んでおけば、問題ありません。
「麦の海に沈む果実」
三月以外の転入生は破滅をもたらすといわれる全寮制の学園。
2月最後の日に転入して来た理瀬の心は揺らめく。閉ざされたコンサート会場や湿原から失踪した生徒たち。生徒を集め交霊会を開く校長。図書館から消えたいわくつきの本。理瀬が迷いこんだ「三月の国」の秘密とは?
この世の「不思議」でいっぱいの物語。
この作品の舞台が、謎の多い学園なんですが、この舞台設定に、当時、すごく魅かれたんですよね~。
恩田陸さんの傑作のひとつとも言えるぐらい面白いのです。
リアルな学園物語というより、舞台劇を見てるように演じられた物語なんですが、その雰囲気がたまらないんです。
この本を読んでしまったがために、このシリーズを読み続けてる人は、私を含めて数多くいると思うんですよね。
「黄昏の百合の骨」
強烈な百合の匂いに包まれた洋館で祖母が転落死した。
奇妙な遺言に導かれてやってきた高校生の理瀬を迎えたのは、優雅に暮らす美貌の叔母二人... 因縁に満ちた屋敷で何があったのか。
「魔女の家」と呼ばれる由来を探るうち、周囲で毒殺や失踪など不吉な事件が起こる。将来への焦りを感じながら理瀬は_____。
「麦の海に沈む果実」の後の理瀬の物語です。
前作よりも成長した理瀬を見ることができます。
このシリーズは3作ともミステリーなのですが、この「黄昏の百合の骨」が、最もサスペンスの強い作品になっています。
そして、この本から、「薔薇の中の蛇」が刊行されるまで、17年かかったということなんですよね。
シリーズが連載されてるのは知ってたのですが、恩田陸さんのことだから、もしかして中断されるかも..... と、心配してたのですが、無事、刊行されてひと安心なのです。
興味を持たれた方は、ぜひ、「麦の海に沈む果実」から、また、以前、シリーズを読んだ方は、その続編である「薔薇の中の蛇」を楽しんでもらえればと思います。
+ + + + + +
さて、正編としては、上記の3作品が基本となるのですが、このシリーズ世界は、ちょっと複雑な構成になっています。
その複雑さの要因となっているのが、「麦の海に沈む果実」の前にリリースされた「三月は深き紅の淵を」なんですよね。
「三月は深き紅の淵を」
鮫島巧一は趣味が読書という理由で、会社の会長の別宅に二泊三日の招待を受けた。彼を待ち受けていた好事家たちから聞かされたのは、その屋敷内にあるはずだが、十年以上探しても見つからない稀覯本『三月は深き紅の淵を』の話。
たった一人にたった一晩だけ貸すことが許された本をめぐる珠玉のミステリー。
ちょっと不思議な連作短編集なんですよね、この本。
物語中、謎の本として取り沙汰されるのが、タイトルと同じ『三月は深き紅の淵を』って本なのですが、本の中に本があるような感じなのです。
全四章で構成されているのですが、その第四章『回転木馬』は、ある小説家が『三月は深き紅の淵を』という四部作の本を構想する物語なのですが、その中に「麦の海に沈む果実」の予告編のような物語が挿入されているのです。
もしかすると、この『回転木馬』の語り手が書いた物語が「麦の海に沈む果実」という仕掛けがあるのかもしれません。
現在の新刊「薔薇の中の蛇」では、そういった仕掛けは、既に解消されてる感じなので、シリーズ作品として「三月は深き紅の淵を」を読んでおく必要はありません。
ただ、ゆっくりとこのシリーズを堪能するのであれば、まず、この本から始めることをお薦めします!
その他に、「理瀬」シリーズに関係する短編が3つあります。
物語と直接つながるわけではないのですが、長編を読み終えてしまって、もう一度、この世界に触れたい人なんかには、渇きを癒してくれる作品だと思います。※「 」内が短編集のタイトルです。
『睡蓮』:短編集「図書室の海」収録
理瀬が幼い頃のエピソードを描いた短編。
『水晶の夜、 翡翠の朝』:短編集「朝日のようにさわやかに」収録
学園で出会った理瀬の友人、ヨハンを主人公として、学園での出来事を描いた短編。
『麦の海に浮かぶ檻』:短編集「歩道橋シネマ」収録
学園の校長が、以前、学園に在籍した生徒について回想する短編。
最後に、シリーズの外伝的な位置づけの作品として「黒と茶の幻想」という作品があります。
「黒と茶の幻想」
太古の森をいだく島へ―― 学生時代の同窓生だった男女四人は、俗世と隔絶された目的地を目指す。過去を取り戻す旅は、ある夜を境に消息を絶った共通の知人、梶原憂理を浮かび上がらせる。あまりにも美しかった女の影は、十数年を経た今でも各人の胸に深く刻み込まれていた。「美しい謎」に満ちた切ない物語。
「麦の海に沈む果実」の登場人物の一人である "憂理" に関係する話なんですが、「三月は深き紅の淵を」の中で、タイトルが予告されていた作品でもあるので、シリーズ世界のひとつであることは間違いないんですよね。
ただ、「麦の海に沈む果実」の登場人物に関する物語であっても、この作品では、ゴシックの雰囲気はあまり感じられません。
四人の男女が、屋久島の縄文杉を訪ねて歩く中で、少しずつ過去の事件の真相が浮かび上がってくる感じの物語で、恩田陸さんの代表作「夜のピクニック」の大人版みたいな風情があるのです。
シリーズをより深く味わいたい人にお薦めなのですが、シリーズの1作品として読まなくても、とても面白い作品です。
+ + + + + +
(追記)
このシリーズ世界を構成する要素として ”北見隆” さんの表紙絵や挿画も欠かすことのできないものです。
ちょっと首が長めの人物たちを描いた幻想的な絵の数々は、私たちの世代にとっては、赤川次郎さんの「三毛猫ホームズ」シリーズなど、馴染み深い絵なんですよね。
恩田陸さんの「理瀬」シリーズの最新刊「薔薇の中の蛇」でも、このコンビが見れて、とても嬉しかったりしたのです。
”北見隆” さんはかなりのご高齢のはずなのですが、今後も、末永くこのコンビでのシリーズが続けられることを期待しているのです。
(関係note)
ノスタルジアの魔術師を考察する話
ノスタルジアの魔術師、その後(恩田陸の短編集)
*