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kyritani
2020年4月4日 23:56
あなたは自分の人生を生きるために生まれてきたのよ。 壁一面に広がる何十ものモニターが映し出す、絢爛な映像たちをぼんやりと眺めながらつぶやくと、右肩にとまっていたシイちゃんがにわかに羽ばたき、手元に並ぶ操作盤からボタンをひとつ見つけ出した。彼女が嘴でそれをつつくと、わたしから見て上から二番目、右から三番目のモニターが映していた映像が壁いっぱいに大写しになった。すると今度は左肩にとまっていたエム
2017年12月20日 23:18
あとで電話して、というのは祥智の口癖のようなもので、彼女は自分が自分の頭で覚えて居られない分を他人に任せてあとで電話で確認するという手法をよく取る。その手法に付き合わされるのはほとんどいつも私で、このときも私はまたか、と思った。 傘に雪が積もっていく。ふたりでこの雪道をぼくぼくと、足をごぼらせながら歩いていくうちに傘にも雪が積もっていくのである。ひらひらと右、左に揺れながら落ちてくる牡丹雪を傘
2017年12月20日 00:33
わたしはいつも防波堤の上に立ち、時にはそこを飛び下り海の輪郭すれすれに立ち、あるときは適当なテトラポッドを見つけてそのてっぺんに座り込んでいる。この海の荒い波に負けて波打ち際の石たちはみんなきれいに丸く、何の棘もない。テトラポッドは絶えず削られ、痛いほどの波をぶつけられているのに一言も、何の声も、わたしは聞いたことがない。 わたしの体がどこに行ってしまったのか、わたしは知らない。ただ意識だけが
2017年12月19日 23:22
思えば私がリンゴを切り刻んでいたのは、この匂いを消すためだったのかもしれない。 だん、だん、だん。木のまな板の上で切り刻まれていくリンゴたちは瑞々しく果汁をそこたらじゅうに飛び散らせて、私の手元を濡らし、乾いていく分から糖分だけがべたついて、甘くて快い空気の中、両手だけに不快がある。 まな板の上のリンゴがもはや固体でもなくなってしまった今、私はようやく包丁の手を止めて振り返る。歩き出す。この