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「最悪の事態」を想定できない私たち

新型コロナウイルスの集団感染が起きたクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号。乗客だった栃木県内の60代の女性が、ウイルス検査で陰性と判断され下船した後、発熱して22日に感染が確認されました。

この女性がどうだったのかは分かりませんが、下船した方々は公共交通機関を使って帰宅することが許されていました。ウイルスが広がる可能性を大きくしてしまったわけです。こうした対応を見るにつけ、感染症というリスクへの管理面で日本が遅れているという事実を認めざるを得ません。

けさのニュースによりますと国内で感染が確認された人はクルーズ船の乗客・乗員が691人、日本で感染した人や中国からの旅行者などが133人、チャーター機で帰国した人が14人の、合わせて838人となっています。実に80%以上が「クルーズ船」なわけで、ここでの失敗がなければ新型コロナウイルスへの恐怖はそれほど大きくならなかったでしょう。

失敗を窺わせるものとして、こんな指摘がありました。今月18日に感染症対策が専門の神戸大学の岩田教授がクルーズ船内に入り、「立ち入ると感染の危険がある区域と、安全な区域の間を自由に歩き回る乗員がいた」などと批判したのです。これについては反論もあったのですが、その後も船内での感染が広がっている状況を見ると正しい見方なのだと思います。

では、どうしたらいいのでしょう?昨日の朝日新聞の社説ではアメリカの疾病対策センター(CDC)のような組織が必要だとしていました。日本には国立感染症研究所がありますが、主な任務は感染症の動向把握や病原体の分析だそうです。これに対し、CDCは多くの実務を担っており、感染制御にあたる専門家を数多く抱え海外渡航者への注意喚起などを独自に行うことができる、と。

これはこれで正しい指摘だとは思うのですが、私は根本にある日本人の「リスクへの構え」を修正する必要があると思います。自分自身を振り返ってもそうなのですが、なぜか私たちは非常事態が起こると「最悪の想定」よりはレベルの低い「希望的な観測」を持ちがちです。面倒くさいからなのか、危機的な自然災害を幾度もくぐり抜けてきたから「何とかなる」という習性が身についてしまったのか分かりませんが、対応を場当たり的にやってしまうのです。

今回、「乗客を公共交通機関で帰らせる」といった対応が最たるものですが、この「大丈夫だろう」という観測を時には捨てなくてはいけないということが分かったのは収穫でした。

きょうは「危険なゾーン」というタイトルの曲が入っているジャズを聴いてみましょうか。ギタリスト、ピーター・バーンスタインの「ライブ・アット・スモールズ」です。ラストの7曲目に「ザ・デンジャー・ゾーン」が収録されています。

ピーター・バーンスタインは現代のジャズ・シーンでトップを走るギタリストです。1967年、NY生まれ。最初はピアノから楽器に入ったそうですが、13歳でギターに転向、当初は耳で音を探りながら独学していたというのですから天性の勘の良さがあるのでしょう。その後、ジム・ホール(g)に見いだされ、1990年のJVCジャズ・フェスティバルの仕事を与えられてから頭角を現し始めます。

ルー・ドナルドソン(as)やソニー・ロリンズ(ts)といったジャズ・レジェンドやジェフ・キーザー(p)、エリック・アレキサンダー(ts)、ブラッド・メルドー(p)という現代ジャズのキーマンと共演をしているのをご存じの方も多いでしょう。

このライブは1980年代後半から共演を重ねてきた2人とのトリオで収録されました。2011年1月6~8日、NYのジャズクラブ「スモールズ」での録音。

Peter Bernstein(g)  Larry Goldings(org)  Bill Stewart(ds)

⑤Milestones
有名なマイルス・デイヴィスによる曲。抽象的なオルガンのみのイントロから徐々にメロディが提示されてくるところにスリルがあります。やがてドラムが加わって躍動感とスピードが増し、ギターによって再度メロディが現れるアレンジが格好いい。そのままスムーズにギター・ソロへ。バーンスタインの特徴の一つに「流れるようなフレーズ」がありますが、このソロなどまさにそれ。一つ一つの音は伸ばしたり短くしたものが混ざっているのですが、それがつながってくると見事に「流れ」として入ってくるのですから不思議です。これを受けてラリー・ゴールディングスのオルガン・ソロへ。少しゴツゴツした感触のある入りから、やがて長いフレーズをうまく織り交ぜて盛り上げていく巧みな展開へ。ここではビル・スチュワートのドラムによるアクセントも大きな効果を発揮しています。そこからのドラム・ソロは意外にもスローな展開。タムやシンバルの一音一音が丁寧に選ばれ、ゆっくりながらグルーブを生み出しているのが見事。最後のエンディングがきっちり決まっておらず、ライナー・ノートを書いている原田和典さんは「ラスト・テーマ後にまごつく瞬間も出てくるけれど、アドリブ部分があまりにも良かったのでそのまま採用したと思われる」と書いています。この推測が正しいとしても、十分満足できる内容です。

⑦The Danger Zone
パーシー・メイフィールドによる曲。私は原曲を知りませんが、予想とは違い「穏当」に聴こえる曲です。スロー・ブルースでギターによってゆったりと奏でられるメロディ。訥々と語りかけるようなギターはバーンスタインにぴったりで、彼の長所を聴く上でも適したナンバーでしょう。最初のソロはギター。音数は少なく、泣きが入るプレイです。続けて入るオルガン・ソロ。長いフレーズで聴衆に少しずつ音を染み入らせるようなプレイです。再びギターが入り、ここからやや熱い展開に。スチュワートのシンバルが力強く響き渡り、バーンスタインも高音を使ったソロで熱気を呼び覚まします。この展開は意外と短く、再び静かなメロディに戻るのですが、ここまでくると「入り」とは異なる不思議な高揚感が後味として残ります。本当に「危険なゾーン」というのはこの曲のように静けさをたたえながら、いつの間にかその熱い部分に取り込まれてしまうようなものなのかもしれません。

新型コロナウイルスについて、政府は国民や企業に対する情報提供の仕方や医療体制の強化などについて具体策を盛り込んだ総合的な基本方針をあす
25日にまとめるそうです。

いまさら感は否めませんが、その基本方針が中途半端なものでなく、「最悪の想定」に基づいたものであることを望みます。そうでなければ、今後の感染拡大が悔やんでも悔やみきれませんから。

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